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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)893号 判決 1994年7月12日

<目次>

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主文

事実

(当事者の求めた裁判)

(当事者の主張)<略>

(第一編 総論)

第一章 原告らの請求原因

第一 当事者

第二 振動障害について

一 振動障害の意義

二 振動障害の病像

三 病像の進行段階

四 振動障害についての医学的知見

五 我が国政府の振動障害に対する対応

六 被告の主張に対する反論

第三 被告神戸造船所における振動作業の用容

一 作業内容

二 振動工具

三 原告ら従業員の作業状況

第四 被告の責任

一 債務不履行責任

1 安全配慮義務

2 被告の本件安全配慮義務の具体的内容

3 下請工・社外工に対する責任

4 被告の債務不履行

二 不法行為責任

第五 因果関係

一 本件における因果関係

二 労災認定の存在

三 被告の主張に対する反論

第六 損害

一 振動障害の悲惨さ

二 本訴請求金額の正当性

三 損害額

第七 結論

第二章 請求原因に対する被告の答弁

第一 認否

第二 主張

一 振動障害について

振動障害の意義と病像

二 責任

原告らが主張する本件安全配慮義務について

1 安全配慮義務の内容の不特定

2 注意義務の内容の不特定

3 社外工に対する安全配慮義務

三 因果関係

1 因果関係の不存在

2 労災認定との関係

四 損害

1 原告ら従業員の損害の程度

2 慰謝料算定の斟酌事由

第三章 抗弁(被告における帰責事由の不存在)

第四章 抗弁に対する答弁

(第二編 各論)

第一章 原告康泰華

第二章 亡山下数男

第三章 原告尹斗三

第四章 原告悦正禎

第五章 亡平本良國

第六章 原告岡照夫

第七章 原告斉木福右エ門

第八章 原告久保重彦

第九章 原告吉野秋吉

第一〇章 原告石黒重範

第一一章 亡明石正三郎

(証拠)<略>

理由

(書証の成立等について)<略>

第一 当事者

第二 振動障害

一 振動障害の意義、病像等

二 振動障害における全身障害説と局所障害説

三 振動障害の認定基準

四 振動障害の症度分類

第三 振動障害についての医学的知見と政府の対応等

一 昭和四四年ころまでの経過

二 その後の行政面の動向

三 造船業界の実態調査と報告等

第四 被告神戸造船所における振動工具使用状況

一 被告神戸造船所の作業内容

二 振動工具使用状況

第五 被告の債務不履行責任

一 本工に対する安全配慮義務

二 社外工に対する安全配慮義務

三 被告の本件安全配慮義務の具体的内容

四 被告の本件安全配慮義務違反

第六 抗弁(被告における帰責事由の不存在)

第七 被告の不法行為責任

第八 因果関係の存否

第九 被告主張の慰謝料算定上の斟酌事由

一 労災補償給付の受給

二 騒音性難聴による労災補償給付の受給及び損害賠償金の受領

三 自己保健義務違反

第一〇 原告ら従業員各人について

一 原告康泰華

二 亡山下数男

三 原告尹斗三

四 原告悦正禎

五 亡平本良國

六 原告岡照夫

七 原告斉木福右エ門

八 原告久保重彦

九 原告吉野秋吉

一〇 原告石黒重範

一一 亡明石正三郎

第一一 弁護士費用

第一二 結論

原告

康泰華

原告(亡山下数男訴訟承継人)

山下せつ子

原告

尹斗三

悦正禎

原告(亡平本良國訴訟承継人)

平本一子

原告

岡照夫

斉木福右エ門

久保重彦

吉野秋吉

石黒重範

原告(亡明石正三郎訴訟承継人)

明石智惠子

右原告ら訴訟代理人弁護士

小貫精一郎

宗藤泰而

吉井正明

山崎満幾美

山根良一

永田徹

右山根良一訴訟復代理人弁護士

小沢秀造

被告

三菱重工業株式会社

右代表者代表取締役

相川賢太郎

右訴訟代理人弁護士

山田作之助

竹林節治

門間進

畑守人

羽尾良三

中川克己

主文

一1  被告は、原告康泰華、同久保重彦に対し、それぞれ各金三三〇万円、原告亡平本良國訴訟承継人平本一子、原告岡照夫に対し、それぞれ各金二四二万円、同石黒重範に対し、金二八六万円、同吉野秋吉に対し、金二六四万円及び同各金員に対する昭和五六年九月一五日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  右原告らのその余の請求を棄却する。

二  原告亡山下数男訴訟承継人山下せつ子、原告尹斗三、同悦正禎、同斉木福右エ門、原告亡明石正三郎訴訟承継人明石智惠子の請求をいずれも全て棄却する。

三  訴訟費用中、原告康泰華、同久保重彦、原告亡平本良國訴訟承継人平本一子、原告岡照夫、同石黒重範、同吉野秋吉と被告間で生じた分はそれぞれこれを一七分し、その一六を同原告らの、その一を被告の各負担とし、その余の原告らと被告間で生じた分は全て同原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

第一  請求の趣旨

一  被告は、原告らに対し、それぞれ次表<編集部注:本頁二、三段目左>合計欄記載の各金員及び同各金員に対する昭和五六年九月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  仮執行免脱宣言。

(当事者の主張)<略>

原告の氏名

慰謝料

(単位万円)

弁護士費用

(単位万円)

合計

(単位万円)

康  泰華

二五〇〇

二五〇

二七五〇

山下 せつ子

二五〇〇

二五〇

二七五〇

尹  斗三

二五〇〇

二五〇

二七五〇

悦  正禎

二五〇〇

二五〇

二七五〇

平本 一子

二五〇〇

二五〇

二七五〇

岡  照夫

二五〇〇

二五〇

二七五〇

斉木 福右エ門

二五〇〇

二五〇

二七五〇

久保 重彦

二五〇〇

二五〇

二七五〇

吉野 秋吉

三〇〇〇

三〇〇

三三〇〇

石黒 重範

二五〇〇

二五〇

二七五〇

明石 智惠子

二五〇〇

二五〇

二七五〇

理由

(書証の成立等について)<略>

第一  当事者

請求原因第一(当事者)の事実中、原告ら従業員が被告神戸造船所における就労中に振動曝露を受けて振動障害に罹患し、現に振動障害を有し、又は有していたとの点を除く、その余の事実(原告ら従業員全員が振動障害に罹患しているとの労災認定を受けていることをも含む)は、全て当事者間に争いがない。

第二  振動障害

一  振動障害の意義、病像等

甲第一ないし第一七号証、第八〇号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし三、第八二号証、第八四号証、証人松本忠雄、同内田敬止、同飾森望、同斉藤幾久次郎、同那須吉郎の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  振動工具使用による振動障害とは、一般に、右振動工具の振動がその工具を把持する手指、手掌、腕に刺激を与えるため、振動曝露の継続により、右刺激が手指、手掌、前腕の内部に及び、血管や神経に影響を与えることによって生ずる障害をいい、これは、末梢循環障害(手指のレイノー現象や冷感等)、末梢神経障害(手指、前腕のしびれや痛み、知覚異常等)、運動器障害(骨・関節の変形、筋萎縮等)を主体としている。

2  右振動障害は、一般に、短期間の振動工具使用によって発症するものではなく、相当期間使用した後に発症するものと考えられているが、その使用期間の長短と発症時期、症状の程度等の関係については、振動の強度や振動工具の種類・形状、作業内容、姿勢、工具の把持の仕方、作業環境のほか、使用者の年齢、体質、既往症の有無、職歴等によっても左右され得る。

3  そして、振動障害の主たる徴表とされるレイノー現象については、手指等の血管の痙攣発作によりその部位の末梢血管中の血液の流れが減少する結果、その表面皮膚が蒼白化する症状であり、寒冷を誘因として発現することが多く、その発現の部位、頻度および発現継続時間等は様々であり、同現象の消退時に、しびれを感ずることが多い。

4  また、振動工具使用者の中には、前記1の障害のほか、全身的な症状、すなわち、頭痛、耳鳴り、易疲労性、いらいら感、不眠、食欲不振、インポテンツ等を訴える者がみられるが、これら全身的な症状は、他の作業に従事する労働者においても当然起こり得るものであるため、振動被曝との関連性が明確でないことがある。

5  振動障害の正確な発生機序や治療法等については、これまでに我が国の内外で多くの研究が進められて来たが、未だ十分な結論を得るには至っていない。

6  そして、振動障害は、他の疾患と鑑別して特徴付け得るだけの固有の症状が発見されていないため、類似の症状を示す他の疾患との鑑別判断が困難になっている。

例えば、前記レイノー現象については、皮膚の一時的な蒼白化は、振動障害だけの症状ではなく、レイノー病(先天性白指)、膠原病、バージャー病、閉塞性動脈硬化症等によっても発症する場合がある。

また、手腕のしびれ等については、頚椎の変形による頚部脊椎症による場合があるし、手腕の関節の変形や可動域制限等についても、加齢による場合がある。

二  振動障害における全身障害説と局所障害説

1  ところで、原告らは、局所振動曝露による振動障害について、中枢神経系の障害等を含む全身疾患をも惹起するとする全身障害説を主張している。

これに対し、被告は、局所振動曝露による振動障害とは、振動曝露を受けた局所に生ずる障害に限られるとする局所障害説を主張している。

2  そこで、検討するに、甲第一、第二号証、第一七号証、第三六号証、第三九号証、第七五ないし第七七号証、第七九、第八〇号証、第八六号証、第八九号証、第九三号証、乙第一号証、第三号証の二、五、第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七号証の一ないし四、第一〇号証の一、二、第一二号証の一、二、第三四号証の一ないし一六、第三七号証、第八二、ないし第八四号証、第八八号証、第一〇六号証、第一〇七号証、証人松本忠雄、同内田敬止、同飾森望、同斉藤幾久次郎、同那須吉郎の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)(1) 旧ソ連においては、アンドレワ・ガラニナらに代表されるように全身障害説を採る学者がおり、また、メトリナは、局所振動曝露によって自律神経性多発神経炎症候群、神経根炎症候群、間脳症候群や前庭症候群等の症状が生ずるとしている(なお、ガラニナの症度分類が別表一、メトリナの病型分類が別表三である。)。

(2) 我が国では、旧ソ連の右学説が昭和四〇年代初めころから紹介されたが、現在、松本忠雄(本件証人)、山田信也、高松誠、渡部真也、的場恒孝ら公衆衛生学等の研究者らが旧ソ連の右見解と同様の立場に立っている。

そして、これら全身障害説を支持する学説においては、概して、振動障害を労働能力に重大な支障を来す重病とみている。

(二) 一方、最近では、世界的に、全身障害説に対して批判的な見解が有力になって来ている。すなわち、

(1) ジェムニは、昭和五八年(一九八三年)三月開催された後記ロンドン会議において、旧ソ連の前記文献には、次の多くの問題点が含まれている旨発表した。

(イ) 診断学的な面の専門用語に十分な定義がなされていない。

(ロ) 個々の症状の鑑別診断に十分な議論がなされていない。

(ハ) 振動の影響を修飾し得る宿主側(患者)の要因についてほとんど言及されていない。

(ニ) 発生機序が専ら動物実験の結果に重点が置かれている。

(ホ) 騒音と振動を個別に独立した因子として取り扱っていない。

(ヘ) 被検者の選択基準に関するデーターが欠けており、対象群も限定されている。

(ト) 振動の特性について十分に明確にされていない。

(チ) 疫学の基本的な必要条件を満たしていない。

(2) 我が国においては、前記2(一)(2)を除いた研究者は、局所障害説を採用しており、欧米の研究者も同様であって、これらの研究者の大半は、振動障害を軽度なものと捉えている。

(3) ILO(国際労働機関)は、昭和五五年の第六六回総会において、業務災害給付条約(一九六四年第一二一号条約。我が国も批准。)の付表「職業病の一覧表」の改正を行い、同リストに「振動による疾病」を追加したが、その根拠となった専門家会議報告書によると、振動障害につき、不明確で特徴性がないような障害(易疲労性、神経衰弱、一般的血管障害、内分泌障害等)を同リストに含めることは適当でないとされ、結局、同リストでは、「振動による疾病(筋肉、腱、骨、関節、あるいは末梢血管、末梢神経の障害)」と表現した。

(4) 昭和五八年三月に開催されたロンドン会議では、多数国の医学者出席の下で、「局所振動による手腕以外の影響の存在を結論的に疫学上立証するに足りる十分な証拠はなく、局所振動によって自律神経系の影響が起こるということは確信することができない。」との合意見解が出された。

(三) また、我が国における振動障害に関する法規としては、労働基準法施行規則三五条別表第一の二、三の3の規定があり、同規定では、「さく岩機、鋲打ち機、チェンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害」と定められており、また、人事院規則一六―〇、二条別表第一、三の3の規定では、「チェンソー、ブッシュクリーナー、さく岩機等の身体に振動を与える機械器具を使用する業務に従事したため生じた手指、前腕等の末しょう循環障害、末しょう神経障害又は運動器障害」と定められている。

(四) そして、労働省は、振動障害の認定基準について、昭和五二年五月二八日付の労働基準局長通達(基発第三〇七号、乙第三号証の二、なお、同通達の存在は当事者間に争いがない。)をもって、従来の同通達(昭和五〇年九月二二日付基発第五〇一号)を廃止のうえ、振動障害を「レイノー現象のほか、末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害」に限定することにしたほか、昭和六一年一〇月九日には、昭和五六年以降の研究と新たな知見に基づき、『「振動障害」の治療指針」について』と題する通達(基発第五八五号、乙第三七号証)を発して従来の治療方針(昭和五一年六月二八日付基発第四九四号、乙第三号証の五)を改めたが、その中では振動障害は右三障害に限られ、それ以外のものは振動障害に含まれないものとした。

3 右認定にかかる振動障害に関する学説の動向、同国際的見地の推移、同我が国における行政的見解の改変等を総合検討すると、本件損害賠償請求訴訟においては、賠償の対象となる振動障害の範囲につき原告ら主張の全身障害説は、未だこれを取り得ず、むしろ、被告主張の局所障害説を正当とし、これに依拠するほかない。

4 それ故、本件において、原告ら従業員の振動障害罹患の有無については、レイノー現象を含む末梢循環障害、末梢神経障害、運動器障害の三障害(以下、これを「本件三障害」という。)に限定して検討するのが相当である。

したがって、原告らの本訴請求及び主張中、原告ら従業員が本件振動曝露に基づいて同人らの中枢神経系に障害が生じたとして、これによる慰謝料の支払いをも求める部分は、右説示(法的根拠については、後記認定説示のとおりである。)に照らし既に理由がないといわなければならない。

三  振動障害の認定基準

乙第一号証、第三号証の一ないし三、第一一号証の一ないし三、第八四号証、証人斉藤幾久次郎及び同那須吉郎の各証言を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  労働省では、振動障害の認定について、労働省労働基準局長が昭和五二年五月二八日付で発した「振動障害の認定基準について」と題する通達(基発第三〇七号)によることとされており、同通達では、次の要件を満たすことを要するとされている。

(一) 振動業務に相当期間従事した後に発生した疾病であること。

(二) 次に掲げる要件のいずれかに該当する疾病であること

(1) 手指、前腕等にしびれ、痛み、冷え、こわばり等の自覚症状が持続的、又は間けつ的に現われ、かつ、次の(イ)から(ハ)までに掲げる障害の全てが認められるか、又はそのいずれかが著明に認められる疾病であること

(イ) 手指、前腕等の末梢循環障害

(ロ) 手指、前腕等の末梢神経障害

(ハ) 手指、前腕等の骨、関節、筋肉、腱等の異常による運動機能障害

(2) レイノー現象の発現が認められた疾病であること。

2  そして、右障害の認定に当たっては、同通達において、問診等のほか、実施すべき検査項目及び検査手技が具体的に定められているところ、その主な検査項目は、以下のとおりである。

(一) 末梢循環機能検査

(1) 手指の皮膚温

(2) 爪圧迫

(二) 末梢神経機能検査

(1) 痛覚

(2) 指先の振動覚

(三) 運動機能検査

(1) 握力

(2) 維持握力

(3) つまみ力

(4) タッピング

3  そのほか、末梢循環機能障害の有無については、指尖容積脈波を検査してその形状を検討することや、末梢神経機能障害の有無については、神経伝導速度を検査して、遅延の有無を検討することなどが有用であると考えられている。

4(一)  そして、前記一及び右1ないし3で認定した事実関係を総合すれば、振動工具使用者が振動曝露によって振動障害に罹患したものと認めるに際しては、次の諸点に留意する必要があるというべきである。

(1) 当該患者が所定の振動工具を一定期間使用して一定量の振動に被曝したこと、

(2) 手指、前腕等にレイノー現象を含む末梢循環障害、末梢神経障害及び運動器障害が前記諸検査によって認められるか、又はそのいずれかが著明に認められること、

(3) 発病の経過等に医学的な矛盾がないこと、

(4) 他の原因によるものではないことが鑑別されていること。

(二)  したがって、本件においても、後記第一〇において原告ら従業員各人につき本件振動障害罹患の有無を決するに際しては、右説示の各点を基準として、これを決するのが相当である。

四  振動障害の症度分類

1  振動障害の症度分類については、前記のとおり、これまでに幾つかの分類が発表されているところ、甲第一、第二号証、乙第一号証、第三号証の五、第三四号証の一ないし九、第三七号証、第八二ないし第八四号証、証人松本忠雄、同内田敬止、同飾森望、同斉藤幾久次郎、同那須吉郎の各証言及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一) ガラニナが発表した症度分類(別表一)は、前記全身障害説にしたがったものであり、自覚症状を中心に分類しているが、我が国では、昭和四〇年代初めに作成された林業労働災害防止協会の症度分類及び前記労働省労働基準局長の発した昭和五一年六月二八日付通達(基発第四九四号、乙第三号証の五)の症度分類(別表四)は、いずれも右ガラニナ分類の影響を色濃く受けたものであった。

(ただし、右ガラニナ分類の有する欠陥、右昭和五一年六月二八日付通達が改変されたことは、前記認定のとおりである。)

(二) 一方、イギリスのテイラーとカナダのペルミアが昭和四四年に作成した症度分類は、別表五のとおりであるが、これは、レイノー現象の出現とそれに伴う痛み及びしびれの程度を基準として定めたものであって、欧米で広く使用されている。

(三) また、労働省労働基準局長の前記昭和六一年一〇月九日付通達(基発第五八五号、乙第三七号証)の症度分類は、別表六のとおりであるが、これは、局所障害説にしたがい、検査成績等を重視した分類である。

2  右認定のとおり、振動障害の症度分類については、幾つかの考え方があるところ、本件損害賠償請求訴訟の目的は、原告ら従業員の本件振動障害による損害の正確な把握にあり、その症度自体の厳密な医学的判定を目的とするものではないから、これら各症度分類の内容(ただし、右(一)において認定した分類内容を除く。)をそれぞれ参酌しながら、就労を含む日常生活に対する支障の程度を中心にして次のような分類をしたうえで、同人らの各症状の程度を判断すれば足りると解すべきである(以下、この分類を「本件症度分類」という。)。

(一) 重度 日常生活の機能を失い、甚だしい肉体的精神的苦痛を受けているもの。

(二) 中等度 日常生活の機能に著しい障害のあるもの。

(三) 軽度 中等度までには至らないが、日常生活の機能に何らかの障害があるか、又は日常生活の機能に格別の障害はないが、継続あるいは断続した不快感等を有するもの。

第三  振動障害についての医学的知見と政府の対応等

甲第一ないし第一七号証、第二九号証、第三六ないし第三九号証、第七五ないし第七七号証、第八九号証、乙第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし四、第九号証、第一〇号証の一、二、第三七号証、第八四号証、第九六号証、証人松本忠雄、同斉藤幾久次郎、同那須吉郎の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

一  昭和四四年ころまでの経過

1  外国では、ドイツにおいて、昭和四年(一九二九年)、空気振動工具使用による労働者の筋肉、骨、関節の疾病を補償対象とすべき職業病の一つに法定したが、それに先立ち、イタリアのロリガ(一九一一年)やアメリカのハミルトン(一九一八年)は、さく岩機(圧縮空気を原動力とする空気振動工具)を使用する石切工に生ずるレイノー現象について報告していた。

また、旧ソ連のガラニナらは、前記のとおり、全身障害説に立った発表をしていた。

2  我が国では、昭和一三年に村越久男が鋲打工についての臨床例を報告し、また、昭和一四年に石西進がジャックハンマー使用者に血管運動神経障害がみられることを指摘し、その後、昭和二二年までの間に松藤元ら公衆衛生学の専門家が圧縮空気又は電気による打撃振動工具使用による手指の蒼白発作や肘の関節等の障害について報告したが、これらにおいては、右障害は、それ程ひどいものではなく、その従事作業に支障があるのは少ないとされていた。

3  そして、昭和二二年には、労働基準法施行規則において、「さく岩機、鋲打機等の使用により身体に著しい振動を与える業務に因る神経炎その他の疾病」が業務上の疾病に指定された(この事実は当事者間に争いがない。)。

4  昭和三〇年以降、三浦豊彦、所知雄、矢守昭らが、後記三のとおり、それぞれ振動工具使用者の自覚症状やレイノー現象の発現についての調査と研究を進め、その結果を各論文に発表したが、広く関心を持たれるには至らなかった。

5(一)  ところで、林野庁では、林野事業における機械化推進の中で、チェンソー等の林業機械使用の健康に与える障害について全国の実態調査を行い、昭和三九年、その結果をまとめたところ、チェンソー使用労働者の5.7パーセントがレイノー現象の出現を訴えていることが明らかになった。

(二)  そして、名古屋大学衛生学教室の山田信也らは、昭和三九年から同四〇年にかけて、長野営林局管内のチェンソーを使用する林業労働者について実態調査を行ったところ、同年三月、右調査結果に基づき、NHKテレビの全国番組「白ろうの指」の中において、チェンソー使用労働者の手指にチェンソー使用による蒼白発作が発現していることが放映された。

(三)  また、山田らは、同年五月に開催された日本産業衛生学会においても、右同旨の報告をした。

6  山田らの右所見は、一挙に社会的注目を集め、以後、チェンソー使用による振動障害に関する研究所見が相次いで発表されるようになった。

7  昭和四〇年一一月、日本産業衛生協会内に設置された局所振動障害研究会(以下「局所振動障害研究会」という。)が開催され、その際には、局所振動障害が発生している職種として、チェンソーの外に研磨工、石切工、木の皮むき工、アルミ鋳造工、バイク運転手などにもみられることが報告されるとともに、人事院に対し、チェンソー等使用によるレイノー症候群を公務疾患と認定するよう要望することになった。

8  そして、人事院は、昭和四一年七月、人事院規則につき、疾病欄の「手指神経症、関節炎又は筋炎」を「レイノー現象又は神経、骨、関節、筋肉、けんしょう若しくは粘液のうの疾患」と、公務欄の「さく岩機又はびょう打機を使用する公務」を「さく岩機、びょう打機、チェンソー等の身体に局部的振動を与える機械を使用する公務」と各改正した。

9  林野庁では、その後、全林野労働組合と協議、交渉を続けながら、チェンソー等の工具改良、使用時間の規制や健康診断の実施等の対策が検討、実施されるようになった。

10  また、局所振動障害研究会等においては、専ら全国の林業労働者に対する振動障害患者の調査や振動障害の認定基準、病像論、治療法等について報告や討議が重ねられたが、昭和四四年一二月の同研究会では、今後の方針の一つとして、チェンソー以外の振動工具による障害についても注意を喚起する必要があると強調された。

11  そして、名古屋大学衛生学教室の松本忠雄らは、昭和四三年ころから製鋼工場における振動障害患者について調査を行い、障害者に対し配置転換を勧める等の健康管理を実施したりするなど(甲第八、第九号証)、各種産業分野に対する実態調査が一部では行われるようになった。

二  その後の行政面の動向

1  労働省は、昭和四五年二月二八日付で「チェンソー使用に伴う振動障害の予防について」と題する労働基準局長通達(基発第一三四号)を発し、チェンソーの選定と整備、操作時間、健康診断の実施、休憩施設の整備、保護具の使用等について具体的な指針を示達し、次いで、昭和四八年一一月二日付で「チェンソー等の取扱い業務に係る特殊健康診断の実施手技について」と題する同通達(基発第六二二号)等を発した。

2  そして、チェンソー以外の振動工具については、労働省は、昭和四九年一月二八日付で「振動工具(チェンソーなどを除く)の取扱い等の業務に係る特殊健康診断について」と題する同通達(基発第四五号)を発し、また、昭和五〇年一〇月二〇日付で「チェンソー以外の振動工具の取扱業務に係る振動障害の予防について」と題する同通達(基発第六〇八号、甲第三八号証)を発し、また、振動工具全般について、同日付で「振動工具の取扱い業務に係る特殊健康診断の実施手技について」と題する同通達(基発第六〇九号、甲第三八号証、乙第三号証の三。なお、同通達の存在は当事者間に争いがない。)を発した。

三  造船業界の実態調査と報告等

1(一)  前記松藤の昭和一八年の報告(甲第六号証)は、造船工について調査を行ったものであるが、これによると、鋲打工二五四名中、しびれを訴える者が43.7パーセント、蒼白とチアノーゼを訴える者が一五パーセント、しびれと蒼白を訴える者が14.6パーセント、関節痛を訴える者が21.6パーセント、筋肉痛を訴える者が1.2パーセントとされており、填隙工、ハツリ工についても、これらの症状を訴えていたとされている。

(二)  また、前記三浦らは、昭和二八年に六つの造船場で振動工具使用者について調査を行い、昭和三〇年にその結果をまとめた論文を発表したが(甲第三号証)、鋲打工五一名中、しびれを訴える者が五一パーセント、蒼白を訴える者が5.9パーセント、しびれと蒼白を訴える者が7.8パーセントなどとされている。

(三)  また、前記所ら(昭和三〇年ころ、甲第一〇、第一一号証)、同矢守ら(昭和三五年、甲第七号証)も、前同様に、造船業を含む製造業界の振動工具使用者について調査を行い、同使用者らにみられるレイノー現象について報告を行った。

2  右のうち、早くも、所らは、振動障害に対する労働管理上の対策として、既往症のある者には振動作業に従事させないこと、振動工具を使用させる時間を減少させること、振動の伝わり方が少なくなるような作業方法に改良すること、不必要な寒冷を避けるよう作業環境を改善すること、最初の兆候が現れたら直ちに職種変更を行うこと等を提言していた。

3  しかしながら、これらの各研究発表は、いずれも個々の研究に終わり、その時期において産業医学会等で広く注目を集めるまでには至らず、昭和四〇年にチェンソーを使用する国有林の林業労働者の振動障害の発生が前記のとおり大きな社会問題として取り上げられるに至った以降においても、前記松本らの調査等が行われたりしたものの、政府や学会、産業界において造船労働者に対する幅広い実態調査が行われるには至らなかった。

4  なお、前記国有林における林業労働者については、昭和四〇年以降、多数の振動障害患者が公務上疾患の認定を受けるようになったが、民間労働者については、その間の事情が明らかではないものの、昭和四九年以降において、振動障害の労災認定を受けた者の大半は、林業、鉱業、採石業、建設業に従事する労働者であった(乙第九六号証)。

第四  被告神戸造船所における振動工具使用状況

一  被告神戸造船所の作業内容

被告神戸造船所において、船舶の建造及び各種造機の製造が行われていることは、前記のとおり当事者間に争いがない。

二  振動工具使用状況

甲第一八ないし第二八号証、第三七号証、第六〇号証の一ないし六、第六一、六二号証、第六九号証、第七二、第七三号証、第九一号証、乙第五〇号証、第五五(第一二四)号証、第五六号証の一、二、第六三号証、第七〇号証、第一〇八号証、第一〇九号証の一、二、第一一〇号証ないし第一一四号証、第一一五号証の一、二、第一一六号証の一、二、第一二五号証、証人内藤登、同森田健太、同坂上都生、同奥谷一馬、同春本和男及び同山下義雄の各証言、原告康、同尹、同悦、同岡、同斉木、同久保、同吉野、同石黒及び承継前原告亡平本の各本人尋問の結果(ただし、右原告らの尋問結果のうち、後記認定に反する部分を除く。)、検証の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

1  工法改革の動向

(一) 昭和三〇年ころまで

(1) 我が国の造船業界における戦後初期までの船舶建造方式は、船台上において鋼板をリベット(鋲)で打ち付けて建造するというリベット接合法が採られていた。

(2) 前記のような船舶建造工程及び鉄構、鋳造品等の製造工程においては、次のような振動工具を使用する作業が行われていた。

(イ) ピーニングハンマー、手持ちハンマー等を使用して、鋼板や型鋼を連続打撃し、曲げ加工とその修正をする作業。

(ロ) コーキングハンマー等を使用して、鋼材と鋼材の接合部位を填隙する作業。

(ハ) チッピングハンマー、スケーリングハンマー等を使用して、鋳造品等のハツリ(仕上げ)、焼付けの除去や鋼板の錆落とし(錆打ち)等をする作業。

(3) そして、右作業に使用する工具のうち、チッピングハンマー、スケーリングハンマー等は、圧縮空気を動力源とする空気振動工具である。

(4) 右振動工具を使用する作業においては、銃身を利き手で持ち、他方の手でタガネ部分を押さえたりするため、両手にかなりの振動が及ぶことになった。

(二) 昭和三〇年ころ以降

(1) 我が国の造船業界は、昭和三〇年ころ以降、国際競争力増強のため、生産性の向上を図って船舶建造技術の革新、設備の近代化に取り組み、大規模な工法改革や設備、機械の改良等が進められ、造船業界の最大手企業である被告神戸造船所においても、同様の取組みが推進された。

また、造船所では、前記振動工具を使用しての鋲打ち、填隙作業等によって相当の騒音が生じていたため、近隣住民との関係上も、騒音量の少ない工法への改革、工具の改良と導入が推進されるという側面があった。

(2) そして、昭和三〇年ころ以降の被告神戸造船所における前記振動工具使用作業に関する工法改革の具体的内容は、次のとおりである。

(イ) 曲げ加工

鋼材の曲げ加工については、従来は、ローラーやプレスによって粗曲げを行ったのちに、仕上げとして、ピーニグハンマー、手持ちハンマー等によって連続打撃して成形し、ひずみ取りを行うという工法が採られていたが、昭和三〇年ころ以降、大型のローラーや油圧プレスが導入されて曲げの精度が向上したため、右仕上げ工程自体が減少するとともに、仕上げ工法としても、点状加熱法や線状加熱法(ガスバーナーによる加熱と注水冷却との温度差を利用する方法)が導入されるようになった。

そして、昭和四〇年ころまでには、ピーニングハンマーを使用しないようにとの指示が徹底され、同ハンマーによる曲げ加工は次第に減少した。

もっとも、線状加熱後に、さらにグラインダーによって仕上げするということも行われた。

(ロ) 填隙

鋼材と鋼材の接合については、従来は、リベット接合法が採られ、これには鋼材の穴明け、鉸鋲、填隙等の工程があり、填隙においては、鋼材間の間隙を埋めるためにコーキングハンマー等で接合部位を連続打撃するという工法が行われていたが、昭和三〇年ころには、リベット接合法に代わって、溶接法が広く導入されるようになり、右穴明け、鉸鋲、填隙等の作業も減少し、リベット接合に伴う作業は、修繕船に関するものだけが残るにとどまった。

(ハ) ハツリ等

鋳造船の仕上げ及び溶接部位の不要部分をハツル作業については、従来は、チッピングハンマーやスケーリングハンマー等を使用していたが、昭和四〇年代以降、回転振動工具であるエアグラインダー(研削盤)や振動を伴わないアークエアガウジング(放電熱により金属を溶かし、空気噴流で吹き飛ばす方法)等に次第に切り替えられるようになった。また、鋳造品の表面の焼付けの除去については、そのころから、チッピングハンマーに代わって振動を伴わないジェットランスという方法が用いられるようになった。

もっとも、高度経済成長期においては、船舶建造量の増大に伴って作業量が増加するとともに、仕上げの精度が高く要求されるようになったため、昭和五〇年代初めころに至るまでの間、チッピングハンマーやエアグラインダー等によるハツリ作業は依然として引き続き行われた。

加えて、右のように新しく導入されたアークエアガウジングについては、被告本工が専ら使用し、下請企業から来ていた社外工がこれを使用できるまでには至らなかった。

(ニ) 錆打ち(錆落とし)

船舶の錆打ち(錆落とし)については、ワイヤーブラシ、スケーリングハンマー等が使用されていたが、昭和三〇年ころから、ディスクサンダー(振動工具)が使用されるようになった。

もっとも、新造船に関しては、クロカワという錆を落とす必要があったが、そのころから塗装に関しショットブラストという工法が導入されたため、錆打ちをするということは殆どなくなった。

(三) 以上を要するに、被告神戸造船所においては、昭和四〇年以降、新しい工法や工具が導入された結果、鋼材の曲げ加工や接合に関する工程においては、振動工具を使用することが相当減少したが、鋳造品のハツリ等の作業においては、その後も、依然としてチッピングハンマー、エアグラインダー等の振動工具が使用されていたということができる。

それ故、原告ら従業員のうち、被告神戸造船所において、ハツリ工として就労した者については、昭和四〇年以降もなお引き続いてかなりの振動曝露を受けることがあったということができるが、曲げ加工やその後のひずみ取りについて撓鉄工として就労した者については、右以降は振動曝露を受けることが相当減少したということができる。

2  作業時間

(一) 被告神戸造船所における就業時間は、当初、午前八時から午後四時までであり、その後午後五時まで(ただし、いずれも昼休み一時間)となったが、鉄構、鋳造等の部署を通じて、残業することが多く、平均して、毎日二時間程度の残業は普通であり、深夜にわたる徹夜作業もあったため、時間外の労働は平均して毎月少なくとも四、五〇時間に及んでいた。

そして、昭和四〇年ころからいわゆるオイルショックが起こった昭和四〇年代後半までの間は、高度経済成長期にあって、作業量が増加し、右残業時間がさらに増加した。

(二) もっとも、一日の作業において、実際に振動工具を使用する割合というのは、作業の準備や材料、製品の運搬等にも時間を要することから、常に振動工具を使用しているというものではなかった。

この点について、被告の本工であり副作業長であった原告久保は、一日当たりの平均的な振動工具使用時間は、残業分を含めて、五時間程度であった旨述べている。

3  作業姿勢等

(一) 被告神戸造船所では、大型のシリンダージャケット等の製造をしていたため、そのハツリ作業等においては、身体ごと材料や製品の中に入って振動工具を使用して作業しなければならないなど、不自由な姿勢を採らざるを得ないことがあった。

(二) また、船台での作業は、冬期にはかなりの寒冷に曝露されることになった。

第五  被告の債務不履行責任

一  本工に対する安全配慮義務

1  まず、雇用契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする有償双務契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うのであるから、使用者は、右報酬支払義務にとどまらず、信義則上、労働者が労務提供のために使用者の設置する場所、設備等を使用し、又は使用者の指示に基づいて労務を提供する過程において、労働者の生命、身体、健康等を危険から保護すべき義務を負っていると解すべきである(以下、この義務を「安全配慮義務」という。)(なお、被告も、使用者が労働者に対し一般的に右安全配慮義務を負うべき場合のあること自体は争わないところである。)。

そして、使用者の負担する右安全配慮義務の具体的内容は、当該労務供給関係における労務の内容、就労場所、利用設備、利用器具及びそれらから生ずる危険の内容、程度によって異なる(最高裁昭和五九年四月一〇日第三小法廷判決・民集第三八巻第六号五五七頁、同昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集第二九巻第二号一四三頁参照)が、その内容を特定し、かつ、同義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、原告にあると解するのが相当である(最高裁昭和五六年二月一六日第二小法廷判決・民集第三五巻第一号五六頁参照)。

そして、右説示にしたがえば、被告の本件安全配慮義務の内容を特定し、かつ、同義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、原告らにあるというべきである。

2  ところで、被告は、原告らが本訴において主張する被告の本件安全配慮義務につきその内容が不特定である旨主張している。

よって、右主張につき、その当否を判断する。

(一) 原告らが本訴において主張する被告の本件安全配慮義務の内容は、前記(第一編第一章第四、一、1、2)のとおりであるところ、同人らの同主張内容を検討すると、同人らは、被告の本件安全配慮義務の具体的内容として労働安全衛生法上の各規定の該当事実を主張しているものと解される。

すなわち、

(1) 原告ら従業員に対し、同人らをして振動曝露を受けさせないようにするため本件振動工具を使用させない義務(労働安全衛生法二〇条、二二条)。及び同義務の内容として、作業工法の改善と振動工具そのもの改善による振動発生の抑止。次善の策としての防振保護具等の活用による振動曝露の防止。

(2) 作業時間の制限(同法六五条の四)、工具使用上の注意・教育(同法五九条)、健康診断の実施(同法六六条)、作業環境の改善(平成四年改正前同法六四条)

(二)(1) しかして、右労働安全衛生法上の各規定は、直接には国と使用者間の公法上の関係を規定するものであるが、同法上の規定の内容が基本的には労働者の安全と健康の確保にあるとの面に着目するならば、その規定するところの多くは、使用者の労働者に対する私法上の安全配慮義務の内容を定める基準となるというべきである。

(2) 原告らが被告の本件安全配慮義務の具体的内容として主張する前記労働安全衛生法上の各規定も、その内容が基本的には労働者の安全と健康の確保にあると解される故、同人らの同主張は、右説示に照らし、妥当というべきである。

(三)(1) ところで、使用者の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟において、同安全配慮義務の内容の特定責任が原告にあることは、前記説示のとおりであるが、本件のように労働安全衛生法上の各規定に基づき右安全配慮義務内容の主張をした場合には、同法各規定の要件に該当する事実主張があれば、同安全配慮義務の内容は、これをもって具体的に特定されたと解するのが相当である。

蓋し、右安全配慮義務内容の具体的特定につき、右説示以上の特定を要求することは、原告に主張・立証上の過重な負担を課すことになり、同安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする原告に対し、権利保護の道をせばめるおそれがあるからである。

(2) 原告らの主張にかかる被告の本件安全配慮義務の具体的内容は前記のとおりであるところ、右説示に基づき、同主張内容は、被告の同安全配慮義務内容の具体的特定として欠けるところがないというべきである。

(四) 右認定説示に照らすとき、被告の前記主張は、理由がなく採用できない。

二  社外工に対する安全配慮義務

1  注文者と請負人に雇用されている労働者(社外工)との関係であっても、注文者と社外工との間に、社外工が注文者の管理する設備、工具等を用い、事実上注文者の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も注文者の従業員である本工と殆ど同じであるといった事実関係が存在する場合には、注文者は、社外工との間に特別な社会的接触の関係に入ったものとして、信義則上、社外工に対し安全配慮義務を負うと解すべきである(最高裁平成三年四月一一日第一小法廷判決・判例時報一三九一号三頁参照)。

2(一)  そこで、これを本件についてみるに、甲第一八、第一九号証、第二二ないし第二四号証、第二六、第二七号証、第六二号証、第九一号証、乙第四八ないし第五一号証、第一〇三号証の一ないし四及び八、第一〇四号証の一ないし三、第一〇五号証の一、第一〇八号証、第一〇九号証の一ないし三、第一一七、第一一八号証、証人内藤登、同森田健太、同坂上都生、同奥谷一馬、同春本和男及び同山下義雄の各証言、原告康、同尹、同悦、同岡、同斉木、同久保、同吉野、同石黒、承継前原告亡平本の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 原告康、亡山下、原告尹、亡平本、原告斉木、同吉野、同石黒は、被告の下請企業である共栄工業、柳鉄工所(柳鋳造鉄工所)、三神合同、松尾鉄工、松尾造船鉄工、光合同、神和工業、大高工業所、神戸溶接興業等に各在籍し、また、原告岡は、山久に在籍して、それぞれ社外工として被告神戸造船所において就労してきた(以下、これら八名を「原告ら社外工」という。)。

右のうち山久を除く企業の殆どは、被告との間でのみ仕事を受注する専属下請企業であった。

(2) 原告ら社外工は、右就労期間中、被告神戸造船所外に出て作業をすることは殆どなく、被告神戸造船所の敷地内において作業を行ったが、その作業場所は、共栄工業及び山久のように下請企業ごとに区画が設けられたりすることがあったものの、被告本工と一緒に同一の作業をすることがあった。

例えば、原告斉木は、社外工であったが、撓鉄工として就労する間、昭和四〇年以降約一二年間にわたって被告本工である原告悦や訴外内藤登と一緒に鋼材の曲げ加工とそのひずみ取り作業に従事したし、また、原告吉野や亡平本は、いずれも社外工であったが、鋳造課において、被告本工の原告久保と一緒にハツリ作業に従事したことがあった。

(3) そして、被告神戸造船所の敷地及び工場建物はもちろん、ドック、クレーン、プレスその他の設備、機械は全て被告が所有するものであり、また、原告ら社外工が使用した工具類、ヘルメット等は各人所属の下請企業から支給されていた場合が多かったが、右工具に関する圧縮空気、光熱関係等は全て被告が提供するものであった。

(4) 原告ら社外工に対する作業上の指揮監督については、直接的には各下請企業内の責任者が行っていたが、それは被告の職制から受けた指示に基づくものであった。

(5) 右下請企業のうち、共栄工業は、被告神戸造船所において鋳造品のハツリ(仕上げ)作業を受け持っていたが、右製品の運搬、検査等の工程については被告本工が同一棟でこれを受け持っていたため、共栄工業社員と被告本工の両者が仕事を分担する関係にあり、また、共栄工業に置かれていたボーシンという現場責任者は、被告の職制から受けた指示を共栄工業の社外工に伝えるという仕事を行っていた。

そして、原告吉野は、右ボーシンとしての仕事を行っていたが、それと同時に、自ら鋳造品のハツリ作業にも従事していた。

(6) さらに、被告は、社外工の安全衛生を保持するため、下請企業とともに安全協力会(昭和四四年一二月以降、「三菱神船協力会」と改称)を組織したが、同会では、被告神戸造船所構内で就労する労働者に対して安全パトロールや安全教育を実施していた。

(二)  右認定各事実を総合して認められる全事実関係に基づくと、原告ら社外工は、被告との間で直接の契約関係はないものの、いずれも、被告所有の被告神戸造船所において、被告所有にかかる主要な設備、機械を利用し、被告からの直接又は間接の指揮監督を受けながら就労して来たものであって、その供給する労務は、もっぱら被告の支配管理を受けていたと認めるのが相当である。

そして、右認定によれば、被告は、原告ら社外工に対し、前記説示にかかる特別な社会的接触の関係に入ったものとして、信義則上、同人らの労務提供過程について、安全配慮義務を負うと解するのが相当である。

(三)  被告の原告ら社外工に対する本件安全配慮義務の具体的内容及びその特定等については、被告の本工に対する本件安全配慮義務に関し前記認定説示したところが、そのまま妥当する。

3  ところで、被告は、仮に被告が原告ら社外工に対して安全配慮義務を負うとしても、右義務は、第一次的には下請企業が負うべきものであって、被告の負う義務は第二次的・補完的なものにとどまると解すべきである旨主張している。

しかしながら、前記認定の本件事実関係によれば、原告ら社外工に対して現実的に作業上の具体的な指揮監督をなし得るのは被告であったというべきであるから、被告主張のように、被告の負うべき安全配慮義務の内容と程度を軽減するのは相当でないというべきである。

そして、他に被告の右主張を裏付けるに足りるだけの証拠はない。

よって、被告の右主張は採用できない。

三  被告の本件安全配慮義務の具体的内容

1  原告らが本訴で主張する労働安全衛生法上の各規定の内容と前記「チェンソー使用に伴う振動障害の予防について」と題する通達(基発第一三四号)及び同「チェンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害の予防について」と題する通達(基発第六〇八号)の各内容とを総合すると、被告は、原告ら従業員に対し、次の安全配慮義務を負っていたというのが相当である。

(一) 被告は、原告ら従業員に対し振動による健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならなかった(労働安全衛生法二二条)。

(二) 振動工具使用による振動予防として、次の対策を講ずべきであった。

(1) 工具の選定

(イ) 振動が発生部分以外の部分に伝達しにくいものであること、

(ロ) ハンドル又はレバーがこれのみを保持して作業できるものであり、手指及び手首に無理がなく、防振ゴム等の防振材料が取り付けられていること、

(ハ) 作業者が直接マフラーからの排気にさらされないことなど。

(2) 振動作業の作業時間の管理

チッピングハンマー、スケーリングハンマー等を使用する金属のハツリ等の業務については、振動業務とこれ以外の業務を組み合わせて、振動業務に従事しない日を設けるようにし、一日における振動業務の作業時間は休止時間を除き二時間以内とし、一連続作業時間はおおむね一〇分以内とし、一連続作業の後五分以上の休止時間を設けることなど。

(3) 工具の保持、操作と作業方法の指導

(イ) ハンドル等以外の部分を持たず、ハツリに際してはタガネを手で持たないこと、

(ロ) ハンドル等を強く握り、手首に強く力を入れるような作業方法は避けることなど。

(4) 作業標準の設定

工具の取扱い及び整備並びに作業の方法について、適正な作業標準を具体的に定めること。

(5) 施設の整備

(イ) 屋内作業の場合には、適切な暖房設備を有する休憩室を設けること、

(ロ) 屋外作業の場合には、有効に利用することができる休憩の設備を設け、かつ、暖房の措置を講ずることなど。

(6) 保護具の支給及び使用の徹底

軟質の厚い防振手袋を支給し、作業者にこれを使用させることなど。

(7) 体操の実施

(8) 健康診断の実施及びその結果に基づく措置

(9) 安全衛生教育の実施

作業者を防振業務に就かせ、又は作業者の取り扱う工具の種類を変更したときは、当該作業者に対し、振動の人体に与える影響、工具の適正な取扱い及び管理方法についての教育を行うこと。

四  被告の本件安全配慮義務違反

1  被告神戸造船所の作業内容、振動工具の使用状況等については前記第四について認定したとおりである。

2  被告の講じた防止対策

(一) 工法改革

(1) 被告神戸造船所において、昭和三〇年以降、船舶建造工程におけるリベット接合法から溶接法への変革及びこれに伴う鋼材の曲げ加工、接合、ハツリ等の各工程における工法改革、さらに油圧プレス、線状加熱法等の新規導入等によって、作業内容が徐々に改善され、また、工具についても、従来のチッピングハンマーやスケーリングハンマーから、エアグラインダーや振動を伴わないアークエアガウジング等が中心になったことは右認定のとおりである。

(2) しかしながら、右認定事実からすれば、以上の工法改革等は、被告の国際競争力増強、生産性向上の一環として、あるいは近隣住民との間の騒音防止対策として実施されたものであって、これら作業に従事する労働者の振動曝露を減少させることを目的として講じられた措置ではなかったといわなければならない。

そして、被告は、被告神戸造船所において、鋳造品のハツリ作業等について、アークエアガウジングの導入をした後においても、昭和五〇年代初めころまでの間、依然として、社外工を中心に、チッピングハンマー、スケーリグハンマー、さらにエアグラインダー等の振動工具を使用させ、その作業量と時間は、当時の高度成長期に伴う船舶建造量増大等のため、かなりのものに及んだことも右認定のとおりである。

(二) 安全衛生対策

甲第九一号証、乙第九八ないし第一〇二号証、第一一八号証、証人春本和男、同山下義雄の各証言及び弁論の全趣旨によると、被告は、労働省労働基準局長から発出される通達にしたがい、昭和五〇年五月中旬から六月にかけて振動工具使用者に対してようやく第一回目の特殊健康診断の実施を計画したが、原告ら従業員が被告神戸造船所内で就労していた昭和五二年ころまでの間には同人らに対して実施されるには至らず、撓鉄工であった前記春本和男(被告本工)が右特殊健康診断を初めて受けたのは昭和五八年ころであったこと、そして、それまでの間、被告神戸造船所においては、視力検査やレントゲン検査等の年二回の定期健康診断が行われていたにすぎないこと、被告は、昭和五二年ころ以降、徐々に防振手袋の支給を行い、また、昭和五五年三月、防振工具の取扱作業時間の管理を推進するため、防振工具の種類ごとに使用時間の規制を設け、各労働者ごとの使用時間の記録等を実施する旨の所内通知を発したこと、もっとも、右防振手袋は、振動工具使用者全員には容易に行き渡らず、船舶修繕に従事していた前記山下義雄(被告本工)が防振手袋を受領したのは昭和五八年ころであったこと、前記三菱神船協力会は、平成五年四月、被告神戸造船所船修部の特別パトロールを行ったが、同協会は、その際、同所作業員につき、「全般的にグラインダー、錆打ち、切断機等振動工具使用時、防振手袋の着用者が少ない、周知励行を要す。」旨の指摘をしたことが認められる。

3 右認定各事実を総合すると、被告は、被告神戸造船所内で振動工具を使用する原告ら従業員に対し、振動障害の発生と進行を防止すべき安全配慮義務の履行を怠ったというべきである。

第六  抗弁(被告における帰責事由の不存在)

一  被告に本件安全配慮義務違反の事実が肯認されることは、前記認定説示のとおりである。

二  そこで、被告の抗弁について判断する。

1(一)  右抗弁の主要部分は、被告において原告らが本訴で主張する振動障害発生の事実を予見し得るようになったのは昭和四九年であり、同年以前に同予見の可能性はなく、原告ら従業員に何がしかの障害が生じたとしても、それはいわば不可抗力によるものである旨にあるところ、被告の同主張が、振動障害に関する医学的知見の変遷、行政面の動向、労災認定の状況、被告神戸造船所構内における振動工具の使用状況等の主張事実によって支えられていることは、同主張全体の内容から明らかである。

しかして、振動障害についての医学的知見と政府の対応等、被告神戸造船所における振動工具の使用状況については、前記認定のとおりであるところ、右認定各事実を総合すると、被告の右主張内容中昭和四四年末までの内容は、これを肯認できるが、昭和四五年以後の内容については、未だこれを肯認するに至らない。

(二)  蓋し、被告主張の予見可能性の有無は、合理的平均人(本件のような場合には、振動工具を従業員に使用させる平均的企業。)を基準として、これを決するのが相当であるところ、右認定各事実を集約した次の認定に照らすと、右結論に到達せざるを得ないからである。

(1) 我が国において、振動工具使用による振動障害の発生が文献上発表されたのは、昭和一三年の前記村越の報告にまで遡ることができるものの、その後の論文等においても、振動障害はそれ程ひどいものではなく、その従事作業に支障があることは少ないとされていた。昭和二二年には、労働基準法上、さく岩機や鋲打機使用による振動障害が職業病に指定され、その後昭和四〇年に国有林の林業労働者についてチェンソー使用に伴う振動障害の発生が大きな社会問題となった。そして、右チェンソー使用労働者の振動障害の発生を契機として、チェンソー使用労働者に関するものではあったが、振動障害に対する政府の対応、学会の研究等がそれぞれ大きく前進した。前記松本らは、昭和四三年ころには製鋼工場において振動障害患者について調査を行い、障害者に対し配置転換を勧めるなどして健康管理を進め、昭和四四年一二月には、学会においても、チェンソー以外の振動工具使用による振動障害についての注意喚起が提唱された。さらに、労働省労働基準局長が昭和四五年二月二八日付で発した前記「チェンソー使用に伴う振動障害の予防について」と題する通達(基発第一三四号)では、チェンソーに関してではあるが、その選定と整備、操作時間、健康診断の実施、休憩施設の整備、保護具の使用等について具体的な指針が示された。

(2)  右認定の事実関係を総合すると、昭和四五年の時点では、チェンソー以外の振動工具を使用する労働者についても、振動工具としての共通の性質上、チェンソー使用に伴う振動障害と同様の健康障害が発生し得るとする医学的知見が得られ、造船業を含む製造業界全般においても、広くその旨の認識を得ることができたものと認めるのが相当である。

(三)  そして、被告が、昭和四五年以降同五〇年ころまでの間に被告神戸造船所で振動作業に従事する労働者に対し、振動障害の発生と進行を防止するための具体的措置、すなわち、振動障害発生に関する実態調査や振動工具の振動測定、さらに、振動被曝軽減のため、防振装置の導入、作業者に対する使用時間の短縮、工具の把持や作業姿勢の見直し、保護具の支給、特殊健康診断及び安全教育の実施等、又はそのための検討を行うに当たり、経済的、技術的に格別の支障があったことについては、具体的な主張・立証がない。

2  被告は、被告においてチェンソー以外の振動工具の使用によって振動障害が発生することを予見できたのは、前記昭和四九年一月二八日付「振動工具(チェンソーなどを除く)の取扱いの業務に係る特殊健康診断について」と題する通達(基発第四五号)の発出後であるとし、被告神戸造船所構内においては、そのころまでの間、労働者が振動工具使用による健康障害や苦情を訴えていたことはなかったから、昭和四九年までの間は、振動障害発生を予見することはできなかった旨主張する。

(一) しかしながら、被告主張の通達発出以前の昭和四〇年には前記チェンソー使用労働者の振動障害が大きな社会問題として取り上げられるようになったこと及びその後の同振動障害に関する学会等の動向は前記認定のとおりであり、同認定各事実と本件予見可能性の存否判定基準に関する前記説示を総合すると、造船業界の最大手企業である被告において、その後遅くとも五年を経過するまでの間には、チェンソー以外の振動工具についても、その使用によって人体障害を生じさせるおそれのあることを予見し得たものというべきであって、昭和四九年の右通達発出時までの間、これを予見し得なかったとすることは到底できない。

(二) また、被告は、昭和四九年ころまでの間、被告神戸造船所において振動工具使用に伴う健康障害や苦情を訴える労働者はいなかったと主張する。

しかしながら、原告康、同尹、同悦、同岡、同斉木、同久保、同吉野、同石黒及び承継前原告亡平本の各本人尋問の結果によれば、昭和四〇年ころ以降、原告ら従業員を含む被告神戸造船所で就労する労働者の中には、レイノー現象や手指、前腕のしびれ等を感じていた者がいたことが認められ、右認定事実に照らすと、被告の右主張が肯認できないことは明らかである。

3  右認定説示を総合すると、被告の抗弁中昭和四四年末までの関係部分は、これを肯認し得るが、昭和四五年以降の関係部分は、未だこれを肯認し得ないというべきである。

よって、被告の抗弁は、右説示の限度で理由がある。

第七  被告の不法行為責任

一  被告の不法行為上の注意義務

1  原告らは被告に対し不法行為による損害賠償請求をしているところ、同不法行為の責任原因である過失の内容をなす注意義務につき安全配慮義務の内容を引用している。

そこで、原告ら従業員の右主張自体の当否が問題となるが、安全配慮義務の多くが不法行為上の一般的義務を契約責任法中に取り込んだものであり、両者は内容的にほぼ同一に帰すと解するのが相当である故、同人らが被告の本件不法行為における注意義務として安全配慮義務の内容を引用しているのは正当として、これを是認できる。

2  被告は、原告らの主張にかかる右不法行為における注意義務の内容が不特定である旨主張する。

しかしながら、被告の右主張に対しても、本件安全配慮義務の特定性に関する前記認定説示が妥当するというべきである。

よって、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

3  原告らは、被告には原告ら従業員の本件各就労から各退職までの間右注意義務違反があった旨主張する。

しかしながら、同人らの右主張内容中昭和四五年以後の内容については、これを肯認できるが、昭和四四年末までの内容については、未だこれを肯認できない。

蓋し、不法行為の責任原因としての過失は、結果回避のための行為(作為又は不作為)の義務違反であると解するのが相当であるところ、原告らの右主張中被告の昭和四四年末までの右注意義務違反の事実は、本件全証拠によるも未だこれを肯認し得ないが、被告の本件安全配慮義務違反についての前記認定全事実関係に基づけば、被告の昭和四五年以後における右注意義務違反の事実を肯認し得るからである。

よって、原告らの右主張は、右認定説示の限度で理由があるが、その余は理由がなく採用できない。

第八  因果関係の存否

一  原告ら従業員各人の本件振動被曝とその主張にかかる振動障害との間の因果関係の存否については、後記第一〇において個別的に検討するが、ここでは、総論的に、同因果関係の存否について判断する。

二1  事実的因果関係の存否

(一) 事実的因果関係の訴訟上の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りると解するのが相当である(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集第二九巻第九号一四一七頁参照。)。

(二) これを本件についてみるに、被告の本件安全配慮義務違反(被告の本件不法行為上の注意義務違反の場合も同じ。以下、単に本件安全配慮義務違反の場合についてのみ掲記する。)に関する前記認定の全事実関係、特に、原告ら従業員の被告神戸造船所における各就労(ただし、この事実は、当事者間に争いがない。)、被告神戸造船所における振動工具の使用状況、同人ら全員が振動障害に罹患しているとして労災認定を受けたこと(ただし、この事実は、当事者間に争いがない。)を総合すれば、同人ら各人の本件振動被曝とその主張にかかる振動障害との間に、右説示にかかる事実的因果関係の存在を肯認し得る(ただし、後記同人ら各自の個別的検討において、未だ同因果関係の存在が肯認し得ない場合を除く。)というべきである。

(三) ただ、原告らは、原告ら従業員がいずれも労災認定を受けていることをもって、直ちに右因果関係の存在を肯認すべきであるかのような主張をしている。確に、同人ら全員が振動障害に罹患しているとして労災認定を受けていることは、前記のとおり当事者間に争いのないところである。

しかしながら、一方、証人松本忠雄、同飾森望、同斉藤幾久次郎、同那須吉郎の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、労働基準監督署は、労働者から業務に起因する疾病に罹患したとして労災認定の申請を受けた場合、専門医にその診断を委嘱し、その意見書に基づいて右判定を行うが、その際、労働者の職歴、既往症等の検討や客観的諸検査による他原因との鑑別判断が必ずしも十分ではない場合のあることが認められる。

右認定事実と事実的因果関係の証明に関する前記説示を総合し、これに労災保険給付の制度と損害賠償請求訴訟の目的、性質の相違等を合せ考えると、原告ら従業員の本件労災認定の存在は、当裁判所が本件損害賠償請求事件における事実的因果関係の存否を判定するうえでの一資料として用いられるべきものであって、かつ、それにとどまり、当裁判所の同判定に対する拘束力を持つものではないと解するのが相当である。

よって、原告らの右主張中右説示に反するところは、理由がなく採用できない。

2  相当因果関係(法的因果関係。以下同じ。)の存否

そこで、さらに進んで、原告ら従業員の本件振動障害のうち本件損害賠償の対象となる範囲を画定する因果関係、すなわち相当因果関係の存否について判断する。

(一) 本件損害賠償請求訴訟においては賠償の対象となる振動障害の範囲につき局所障害説を正当とし、これに依拠するほかはない旨説示(その根拠も、同所で認定。)したことは、前記のとおりである。

(二) 右認定説示に基づけば、右相当因果関係の存在も、原告らの主張する本件振動障害中、右局所障害説に依拠して肯定される本件三障害の範囲に限られ、その余の障害については、同相当因果関係の存在は、これを肯認し得ないというべきである。

ただし、原告ら従業員で本件三障害の存在が肯認される者のうち同障害の存在につき本件振動被曝以外の他の原因の競合が認められる場合については、後記のとおり、同人ら各自につき、個別的に認定説示する。

よって、被告の因果関係不存在の主張は、右説示の限度で理由がある。

第九  被告主張の慰謝料算定上の斟酌事由

一  労災補償給付の受給

1  まず、被告は、原告ら従業員が振動障害を理由とする労災認定を受けて以降、長年にわたって労災補償給付を受けているから、本件における同人らの慰謝料算定上、これを十分に斟酌すべきである旨主張する。

2  そこで、検討するに、原告ら従業員が受給した労働者災害補償保険法上の補償給付は、労働者の被った財産上の損害の填補のためにのみなされるのであって、精神上の損害を填補する目的を含むものではないと解するのが相当である(最高裁昭和五八年四月一九日第三小法廷判決・民集第三七巻第三号三二一頁、同昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集第四一巻第五号一二〇二頁参照)。

右説示に基づき、原告ら従業員が右労災補償給付を受給したからといって、それは、同人らの本件慰謝料請求権の存否及びその額に影響を及ぼすことはなく、同人らの本件慰謝料算定にあたって斟酌すべきものとは認められないというべきである。

よって、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

二  騒音性難聴による労災補償給付の受給及び損害賠償金の受領

1  次に、被告は、原告ら従業員の一部については、被告神戸造船所における就労中に作業騒音のため騒音性難聴に罹患したとして労災補償給付を受給し、又は被告から損害賠償金を受領しているところ、本件の振動障害は、右騒音性難聴と同一の作業機会に生じたものであるから、身体の一部の障害について既に損害の填補がされている以上、同人らが受領した右労災補償給付及び損害賠償金は、同人らの本件慰謝料算定上、これを十分に斟酌すべきである旨主張する。

2  しかしながら、原告ら従業員の一部が被告神戸造船所において罹患した騒音性難聴と本件振動障害とは、その疾病の性質上、発生原因や症状、精神的苦痛の内容等を異にするものであることは明らかであって、両者の疾病が同一就労期間中に生じたということだけから、前者についてされた損害の填補が直ちに後者の損害の填補に当たるとは解し難い。

他に、被告のこの点を肯認させるに足りるだけの十分な主張、立証はない。

よって、被告の右主張もまた、理由がなく採用できない。

三  自己保健義務違反

1  さらに、被告は、原告ら従業員の一部につき、仮に振動障害の罹患の事実があったとしても、同人らは、右診断を受けた後においても、自己の健康管理、健康保持義務に違反し、振動障害には禁忌とされている喫煙をしたり、寒冷曝露に身を置いたり、過度のアルコール摂取等を行って、治療に専念せず症状の悪化を招いているから、同人らの本件慰謝料算定に当たっては、これらの事情を斟酌すべきである旨主張する。

2  そこで、検討するに、乙第三七号証、第八四号証、証人飾森望、同斉藤幾久次郎の各証言、原告岡、同斉木、同吉野、承継前原告亡平本の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、振動障害患者については、喫煙は、血管収縮作用があるため末梢血液循環に最も有害であるとされており、また、摂取する栄養に配慮し、過度のアルコール摂取を慎むべきであり、単車の運転等の寒冷曝露は禁止すべきであること、そして、飾森望医師は、その治療を行った原告岡、同斉木、同吉野、亡平本に対し、喫煙は振動障害に禁忌であるから控えるように指導していたことが認められる。

右認定事実によれば、原告ら従業員のうち、喫煙や過度のアルコール摂取を行ったり、寒冷曝露に身を置いたと認められる者については、本件慰謝料の算定に当たり、必ずしも療養に専念しなかったといわざるを得ない点を配慮して、かかる事実を減額事由として斟酌するのが相当である。

そして、かかる事実の存否については、後記第一〇において、原告ら従業員各人について個別に必要に応じて検討することとする。

第一〇  原告ら従業員各人について

一  原告康泰華

1  甲第一八号証、第四三号証、第五〇号証、第六三号証、第七五号証、乙第二五号証、第八一号証の一、第八三号証、第八五号証、第八七号証、証人内田敬止、同那須吉郎の各証言、原告康の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正元年九月二三日生。なお、同人は、水山雅由との名前を使用したことがある。)

昭和三年ころ 来日

その後、土方、馬車引き、船乗り

昭和三九年ころ以降 梶丸鉄工所に在籍して川崎重工業の工場で鋳造品のハツリ作業

昭和四一年五月以降 被告の下請である柳鉄工所に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労

昭和五〇年一月以降 共栄工業(被告社外工)

昭和五二年四月三〇日 退職

(以上の事実は、原告康が梶丸鉄工所に在籍して川崎重工業の工場で鋳造品のハツリ作業に従事したこと及びその後柳鉄工所に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労したことを除いて当事者間に争いがない。

なお、乙第六二号証には、同人が合名会社柳鋳造鉄工所で就労したことはないとする記載があるが、前掲各証拠によれば、同人が同社の前身である柳鉄工所に「トミタ」という名前によって在籍していた事実が認められるから、右記載は採用しない。)

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 原告康は、被告神戸造船所における就労期間中、鋳造品(主としてシリンダージャケット)のハツリ作業に従事し、チッピングハンマー、スケーリングハンマー、アングルグラインダー等の振動工具を使用した。

(2) 同人の作業時間については、午前八時から午後五時までの間の定時労働(ただし、昼休み一時間と午後二時ころの一〇分間の休憩時間を除く。)のほか、昭和四八年ころまでの間は、かなりの残業と徹夜勤務があった。

なお、この作業時間の実情は、その余の原告ら従業員についても、ほぼ同様である。

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四六年ころから、両手の冷感としびれ、項部痛、肩こり等を感ずるようになり、昭和四八年以降、冬期には毎日のように両手全指にレイノー現象が出現した。

(2) 神戸協同病院の内田敬止医師は、昭和五三年一二月一四日以降、原告康の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

手指の振せんあり。両肘関節の可動域制限。指尖の皮膚が萎縮し、乾燥小潰瘍瘢痕あり。尺骨神経溝骨増殖著明にあり。

(ロ) 検査所見

スパーリングテストにより指尖の知覚不全とピリピリ感出現。じん肺Ⅱ型。第三、四、五頚椎変形あり。肘、手関節変形あり。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時正常・冷却負荷時中等度異常

爪圧迫 常温時軽度異常・冷却負荷時中等度―重度異常

指尖容積脈波 境界

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時及び冷却負荷時ともに重度異常

振動覚 常温時重度異常・冷却負荷時中等度―重度異常

③ 運動機能検査

握力 中等度異常

つまみ力 重度異常

タッピング 右同

(3) 原告康は、昭和五五年二月(当時六七歳)、振動障害により労災認定を受けた(症状固定時の後遺障害等級は準用一四級)(右事実のうち、同人が振動障害により労災認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、その後も、レイノー現象の出現、手腕のしびれや痛み、頭痛を訴え、通院して治療を受けており、被告神戸造船所での就労を辞めたのちは就労していない。

なお、同人は、既往症として、肺結核のほか、昭和五八年一月に脳卒中発作を起こし、以後右半身不随、言語障害がみられた。

2  被告が社外工である原告康に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づき損害賠償責任を負うべきことは、前記認定説示のとおりである。

3  因果関係(事実的因果関係及び相当因果関係。以下同じ。)

(一) 事実的因果関係

前記認定にかかる事実関係、特に原告康の症状と検査所見からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

そして、右認定の事実関係、すなわち、原告康は、被告神戸造船所における就労期間(約一一年間)を通じて、ハツリ作業に従事して、チッピングハンマー等の振動工具を使用し、振動曝露を受けていたこと、手指のレイノー現象及び冷感、しびれ感の発現時期、前記検査結果等を総合すると、同人の本件三障害は、本件振動曝露に起因すると認めるのが相当である。

(二) 相当因果関係

(1) 前記認定の事実関係に基づくと、同人の本件三障害中末梢循環障害及び末梢神経障害については、これらと本件振動曝露との間に相当因果関係の存在を肯認するのに何ら支障がない。

(2)(イ) しかしながら、同人の右三障害中運動器障害については、その具体的程度を明確にする証拠がなく、加えて、内田敬止医師作成昭和六〇年二月五日付原告康の診断書(甲第四三号証)によれば、同人には、同時点で、肘、前腕、手関節には疼痛がないことが認められ、同認定に前記認定の同人の年齢、被告神戸造船所就労以前の職歴等を合せ考えると、同人の同運動器障害には、同人の加齢や本件就労以前の職種の影響等他原因の競合を推認せざるを得ない。

(ロ) 右認定のような場合における相当因果関係については、競合する他原因の当該結果に対する寄与度に応じ、その範囲でこれを肯認するのが相当であるところ、前記認定の全事実関係に基づくと、同人の運動器障害に関する相当因果関係については、その一〇パーセントが本件振動曝露に、その九〇パーセントが他原因に起因すると認めるのが相当である。

(ハ) 右認定説示に反する被告の主張は、理由がなく採用できない。

4  損害

慰謝料

前記認定にかかる原告康の本件三障害に関する症状の程度からすると、同人の本件振動障害は、本件症度分類の軽度に該当すると認めるのが相当である。

そして、右認定事実及び前記認定にかかる治療経過、振動被曝期間、同人の年齢、被告神戸造船所就労前の労働状況その他本件証拠に現れた一切の諸事情を総合して考えると、本件振動障害によって同人の受けた精神的苦痛を慰謝するための金額は、金三〇〇万円と認めるのが相当である。

二  亡山下数男

1  甲第一九号証、第四五号証、第六五号証、第七五号証、乙第二七号証、第六七(第一二一)号証、第六八号証、第八三号証、第八五号証、第八七号証、第一〇九号証の一、二、第一一〇、第一一一号証、第一一九号証、第一二二号証、証人内田敬止、同那須吉郎、同春本和男の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正元年一一月二八日生)

昭和四年 農業

昭和八年 旧陸軍に入営し、その後満州に出兵

昭和九年一二月 農業

昭和一一年一〇月 被告神戸造船所(本工)

昭和一三年五月 旧陸軍に応召して中国大陸南京、武漢に出兵

昭和一三年末―同一五年七月ころ戦傷(左足骨折)により内地に送還され、旧陸軍病院に入院、その後和歌山県白浜に転地療養

昭和一五年七月 被告神戸造船所(本工)

昭和二〇年九月 農業

昭和二三年一〇月―同四五年四月三〇日 被告神戸造船所(本工)

昭和四五年八月―同五〇年八月三神合同に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労

昭和五九年一月二九日 死亡

(以上の事実は、亡山下の兵役の出征先を除いて当事者間に争いがない。)

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 昭和一一年一〇月から同二八年までの間(兵役期間を除く)

亡山下は、右期間中、被告神戸造船所の船殼課に所属し、山型T棟において、撓鉄工として、ハンマーを使用して船舶用アングル材の背切り作業を行った。

(2) 昭和二八年から同三〇年六月までの間

同人は、右期間中、鉄構課に移り、E棟において、水圧プレスによる鉄搭用アングル材の曲げ加工を行った。

(3) 昭和三〇年六月から昭和四〇年ころまでの間

同人は、昭和三〇年六月二〇日、水圧プレス作業中に左手第一指切断の災害に遭ったため、H棟の亜鉛鍍金工場に配置換えとなり、その後、亜鉛メッキのタレの固まったものをやすりで削り落とす作業に従事した。

(4) 昭和四〇年ころから同四五年四月までの間

同人は、昭和四〇年ころから、鉄構橋梁工作課に配置換えとなり、鉄材の溶接後のひずみ取り作業に従事したが、左手第一指欠損のため、専らガスバーナーを使用し、時にはチッピングハンマー、ピーニングハンマーを使用することがあった。しかし、同人は、同左手第一指欠損により振動工具の把持に際して支障があったため、長時間にわたって同工具を使用することは困難であった。

(5) 昭和四五年八月から同五〇年八月までの間

同人は、社外工として、右(4)と同様の作業に従事した。

(以上の事実中、同人が従事した各作業内容と左手第一指切断の事実は当事者間に争いがない。

なお、原告らは、亡山下につき、右昭和四〇年ころから同四五年四月まで、同年八月から昭和五〇年八月までの期間中一貫してチッピングハンマー等の振動工具を使用した旨主張し、甲第一九号証中にはその旨の記載があるが、右主張及びこれにそう右文書の記載内容は、前掲乙第一〇九号証の一、二、第一一〇、第一一一号証、前記証人春本和男の証言及び前記認定にかかる被告神戸造船所における工法改革の動向に照らし、採用できない。)

(三) 症状と治療経過等

(1) 亡山下は、自覚症状として、昭和四五年ころから、両手第三ないし五指のほか、足指にもレイノー現象が出現し、手足の冷感、手腕や肩のしびれ、首から肩にかけての痛み、肩こり等を感ずるようになった。

(2) 内田敬止医師は、昭和五三年一二月一九日以降、亡山下の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 検査所見

末梢血管造影により尺骨動脈系の閉塞、指動脈の末梢の屈曲・蛇行著明、静脈系の拡張と血液のたまりあり。高血圧。頚椎変形あり。肘関節変形あり、コーネル健康検査により神経症者に該当。

(ロ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時及び冷却負荷時ともに中等度異常

爪圧迫 常温時中等度異常・冷却負荷時軽度異常

指尖容積脈波 異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時及び冷却負荷時ともに重度異常

振動覚 右同

③ 運動機能検査

握力 重度異常

つまみ力 右同

タッピング 右同

(3) 亡山下は、昭和五五年三月(当時六七歳)、振動障害により労災認定を受けた(右事実は当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、三神合同退職後も、レイノー現象が出現し、両肩、両腕の痛み等のほか全身的な症状を訴えていたが、昭和五九年一月二九日、脳卒中により死亡した(七一歳)。

2  被告が、亡山下に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づき賠償責任を負うべきことは、原告康の場合と同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に亡山下の症状と検査所見からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

しかしながら、同人の右障害の全て、特に本件三障害全部が本件振動曝露に起因するとは、未だこれを肯認するに至らない。

すなわち、亡山下の右障害全部が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲一九号証、第四五号証、第七五号証、証人内田敬止の証言があるが、同甲第一九号証の記載内容は、前記のとおりにわかに信用することができないし、同甲第四五号証、第七五号証の各記載内容、証人内田敬止の供述内容によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2) かえって、前記認定の事実関係によると、亡山下が被告神戸造船所における就労期間を通じて振動工具を使用したのは、昭和四〇年以降、鉄材の溶接後のひずみ取り作業に従事するようになってからのことであるところ、これに前記認定の被告神戸造船所における工法改革の動向をも併せ考えると、それ以降の同作業ではガスバーナーの使用が中心となっており、チッピングハンマー、ピーニングハンマー等を使用することは減少していたといわなければならない。

しかも、亡山下は、左手第一指の欠損のために長時間にわたって同工具を使用することはそもそも困難であったことが認められる。

右認定各事実に照らしても、亡山下の右主張は、未だこれを肯認するに至らない。

なお、亡山下が、昭和五五年三月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、右労災認定と本件因果関係との関係については、前記説示のとおりであり、したがって、亡山下が右労災認定を受けたことは、事実的因果関係の存否に関する右説示に対し重大な消長を及ぼすものではない。

(二) 相当因果関係

右説示のとおり亡山下について本件事実的因果関係の存在が肯認できない以上、同人につき本件相当因果関係の存否につき、特に判断する必要がない。

4(一)  原告亡山下訴訟承継人山下せつ子の本訴右請求は、右説示のとおり因果関係の存在の点で既に理由がないから、同人のその余の主張について判断するまでもなく、全て理由がないことに帰する。

(二)  なお、右原告は、本訴において被告の本件安全配慮義務違反に基づく損害賠償のほか被告の本件不法行為に基づく損害賠償をも請求しているが、同不法行為に基づく損害賠償請求についても、前記認定説示に照らすと、同安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求と同じく因果関係の存在を肯認し得ないから、同不法行為に基づく損害賠償請求は、同人が主張するその余の主張について判断を加えるまでもなく、同因果関係の存在の点で既に理由がない。

三  原告尹斗三

1  甲第二〇号証、第四四号証、第五一号証、第六四号証、第七五号証、乙第二六号証、第五七ないし第六一号証、第八一号証の二、第八三号証、第八五号証、第八七号証、証人内田敬止、同那須吉郎の各証言、原告尹の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(明治四三年一二月三日生。なお、同人は、坂平幸吉との名前を使用したことがある。)

昭和二年一一月 来日(それまでは韓国で農業)

昭和一九年一月 愛媛県内子で箸の製造販売

昭和二五年 神戸市長田区で靴の焼底の製造等

昭和四七年六月 梶丸鉄工所に在籍して川崎重工業で社外工として就労

昭和四八年九月 被告の下請である共栄工業に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労

昭和五二年九月―同五四年四月大昌組に在籍して川崎重工業で社外工として就労

(右各事実中、原告尹の生年月日、同人が共栄工業に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労したこと、同人がその前後の期間に梶丸鉄工所及び大昌組に各在籍して川崎重工業で社外工として就労したことは当事者間に争いがない。

なお、原告らは、原告尹につき、昭和三九年九月から同四一年四月までの間は被告の下請である柳鉄工所に、また、昭和四一年四月から同四六年八月までの間は被告の孫請である近藤組に各在籍して被告神戸造船所において社外工として就労し振動工具を使用していた旨主張し、甲第二〇号証及び同人の本人尋問の結果中にはこれにそう部分がある。

しかしながら、乙第六一号証によると、同人は、昭和五三年八月二三日に大昌組で行われた特殊健康診断に際し、振動工具を使用するようになったのは大昌組に在籍する五年三か月前から〔昭和四八年〕であったと申告していることが認められ、同認定事実に照らすと、右甲第二〇号証の記載及び同人の右供述の各部分はにわかに信用することができず、他に原告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。)

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 原告尹は、川崎重工業で就労した期間中、鋳造品のハツリ作業に従事し、チッピングハンマー、スケーリングハンマーやアングルグラインダー等を使用した。

(2) 同人は、被告神戸造船所において、昭和四八年九月から同五二年九月までの間(共栄工業在籍期間)は、鋳造品のハツリと土落とし及びその運搬作業に従事し、チッピングハンマー等を使用した。

(三) 症状と治療経過等

(1) 原告尹は、自覚症状として、昭和四八年ころから、手足の冷感、手腕のしびれを感じ、同年秋以降、左手第三ないし五指にレイノー現象が現れ、昭和六〇年ころまでにわたって、同現象が冬期には毎日のように出現するのを感じたほか、昭和五二年ころから、首、肘、腰等の痛みを訴えるようになり、肩胛帯・項部の筋に頑固な痛みを感ずるようになった。

(2) 内田敬止医師は、原告尹の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認することができなかったものの、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

右肘開節の可動域制限。

(ロ) 検査所見

頚椎変形著明にあり。肘関節の変形あり。手指手根管部骨棘形成あるものの、痛みや運動制限なし。高血圧。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時正常・冷却負荷時中等度異常

爪圧迫 常温時正常・冷却負荷時正常―軽度異常

指尖容積脈波 異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時軽度異常・冷却負荷時重度異常

振動覚 常温時及び冷却負荷時ともに重度異常

なお、神経症状が左半身に偏在する。

③ 運動機能検査

握力 軽度異常

つまみ力 正常―軽度異常

タッピング 中等度―重度異常

(3) 原告尹は、昭和五四年一〇月(当時六八歳)、振動障害により労災認定を受けた(症状固定時の後遺障害等級は準用一四級)(右のうち、同人が振動障害により労災認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、その後も、レイノー現象の出現を含め全身的な症状を訴え、通院して治療を受けており、川崎重工業での就労を辞めたのちは就労していない。

(5) もっとも、同人は、昭和五三年八月二三日、大昌組在籍中に受けた特殊健康診断において、手指の蒼白化、しびれ、冷感や関節の痛みはないとしており、特殊検査では、いずれも異常所見が認められなかった。

また、同人には、既往症として、糖尿病、慢性気管支炎、甲状腺機能亢進症がある。

2  被告が社外工である原告尹に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づき賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に原告尹の症状と検査所見からすると、同人が主張する障害(ただし、レイノー現象を含む末梢循環障害を除く。)が認められ、その中に本件三障害中末梢神経障害及び運動器障害の存在を認め得るが、レイノー現象を含む末梢循環障害の存在は、未だこれを肯認するに至らない。

さらに、原告尹に右障害の全て、特に右末梢神経障害及び運動器障害が本件振動曝露に起因するとは、未だこれを認めるに至らない。

すなわち、原告尹に右障害全部、特に本件三障害全部が存在し、同障害全部が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲第二〇号証、第四四号証、第七五号証、証人内田敬止の証言、原告尹の本人尋問の結果があるが、同甲第二〇号証の記載内容、同原告尹本人の供述内容はにわかに信用できないし、同甲第四四号証、第七五号証、証人内田敬止の供述内容によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2) かえって、

(イ) 原告尹が主張するレイノー現象については、同人の主治医である内田敬止医師がレイノー現象の出現を確認できていないことや原告尹が昭和五三年八月に大昌組在籍中に受けた特殊健康診断に際して手指の蒼白化はないと答えていることは前記認定のとおりであり、同認定事実に照らすと、同人についてその主張にかかるような長期間にわたってレイノー現象が出現していたとは直ちには認め難い。

また、同人の手指の冷感等の末梢循環障害については、同人の主訴のほか、前記特殊検査結果上一部異常所見が認められるものの、医師内田敬止作成の原告尹に対する振動障害診断票(甲第五一号証)によれば、同医師自身が同検査結果をふまえて原告尹には同障害は認められないとしていることが認められ、また、同人が大昌組在籍中に受けた特殊健康診断に際して手指の冷感はないと答えていることは前記認定のとおりである。

右認定各事実に照らしても、同人についてその主張にかかるようなレイノー現象を含む末梢循環障害が存在していたとは未だ認め難い。

(ロ) 同人の末梢神経障害についても、同人の被告神戸造船所における就労が昭和四八年九月以降であるところ、同人は、昭和四八年ころから既に手腕の著明なしびれを訴えていたが、被告神戸造船所就労以前には川崎重工業でハツリ作業に従事していたことは、前記認定のとおりである。

しかして、被告神戸造船所における本件振動曝露が同人の右認定にかかる手腕の著明なしびれを増悪させたことを認めるに足りる証拠はない。

右認定に照らしても、原告尹のこの点に関する主張は、未だこれを肯認し得ない。

(ハ) また、同人の前記運動器障害についても、その具体的な程度を確定する証拠が全く存在しないし、前記認定にかかる同人の職歴、特に同人の被告神戸造船所における振動被曝の期間と程度からすると、同運動器障害が被告神戸造船所における就労により初めて発生したものであることを確定することができない。

よって、右運動器障害と被告神戸造船所における振動曝露との間の事実的因果関係を直ちに肯認することはできない。

なお、原告尹が昭和五四年一〇月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、同人が右労災認定を受けたことが事実的因果関係の存在に関する右説示に対し重大な消長を及ぼすものでないことは、亡山下の関係個所で説示したとおりである。

(二) 相当因果関係

原告尹について、右相当因果関係の存在も肯認し得ないことは、亡山下の関係個所における説示と同じである。

4(一)  原告尹の本訴右請求は、右説示のとおり因果関係の存在の点で既に理由がないから、同人のその余の主張につきその当否を判断するまでもなく、全て理由がないことに帰する。

(二)  原告尹も、本訴において、被告の本件安全配慮義務違反に基づく損害賠償のほか被告の本件不法行為に基づく損害賠償をも請求しているが、同請求は、亡山下について説示したところと同一理由で、これを認容できない。

四  原告悦正禎

1  甲第二一号証、第五七号証、第六一号証、乙第三三号証、第四二ないし第四四号証、第七一号証の一ないし七、第八一号証の一、第八三号証、第八七号証、第一一六号証の一、二、証人飾森望、同那須吉郎、同内藤登の各証言、原告悦の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正一〇年二月一〇日生)

昭和八年 鹿児島県大島郡徳之島町で農業

昭和一四年 播磨造船所第一機械工場で旋盤工

昭和一六年 前同町で農業

昭和一七年 兵役

昭和二一年四月 前同町で農業

昭和二五年 神戸市で土方

昭和二六年五月 被告神戸造船所で撓鉄工として就労(当初は日雇いで、半年後に臨時工になり、昭和二七年一〇月から本工になった。)

昭和五四年四月三〇日 定年退職

(なお、昭和五二年一一月一五日から定年退職までの約一年半の間は、大興運輸株式会社に出向し、大丸神戸店駐車場配車係をしていた。)

(以上の事実中、原告悦の生年月日及び同人の職歴の概略〔年月日を除く。〕は当事者間に争いがない。)

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 原告悦は、被告神戸造船所において、約二六年半にわたって、撓鉄工として就労したが、昭和二六年五月から約二年間余りは、撓鉄山型工場において、船舶フレーム(型鋼)をスキーザー(横押しプレス)で押し曲げたうえハンマーで叩くという曲げ加工作業に従事し、また、その後はチッピングハンマーやガスバーナー等を使用して外板のひずみ取り作業に従事した。

(2) 同人は、昭和三一年ころから、船台での外板等の溶接後のひずみ取り作業に従事したが、次第にガスバーナーによる線状加熱法が用いられるようになったため、チッピングハンマー等を使用することは少なくなった。

(3) 同人は、昭和三九年ころ、心臓発作を起こしてしばらく欠勤し、その後屋内作業に戻り、昭和五二年一一月までの間、鋼板の曲げ加工作業に従事したが、昭和四〇年ころにはピーニングハンマーを使用してのピーニング作業は殆ど行われなくなったため、専らガスバーナーを使用した。(ただし、右認定事実中、同人が被告神戸造船所において当初船舶のフレームの曲げ加工や外板のひずみ取り作業に従事し、その後船台でのひずみ取り作業に従事したこと、その作業中に心臓発作を起こし、その後は屋内作業に戻ったことは当事者間に争いがない。

なお、原告らは、原告悦につき、被告神戸造船所での就労期間を通じて、常に一貫してチッピングハンマー、アングルグラインダー等の振動工具を使用して来た旨主張し、甲第二一号証、第六一号証及び原告悦の本人尋問の結果中にはこれにそう記載及び供述部分があるが、同記載及び供述部分は、乙第一一六号証の一、二の記載内容、前記証人内藤登の証言及び前記認定にかかる被告神戸造船所における工法改革の動向等に照らすと、にわかに信用することができず採用できない。)

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四七年ころから、手足の冷感と手指、腕、足のしびれ、手腕等身体各部の関節痛、肩こり等を感じ、昭和四八年以降、両手の第一、五指を除いた指や両足趾、踵にまでレイノー現象が出現し、同現象は昭和五九年ころまで頻繁に現れた。

(2) 東神戸病院西診療所の飾森望医師は、昭和五二年六月二五日以降、原告悦の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

両肩関節の可動域制限。

(ロ) 検査所見

頚椎変形著明にあり、左右椎間孔の不整。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時正常・冷却負荷時中等度異常

爪圧迫 常温時正常・冷却負荷時軽度異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時及び冷却負荷時ともに軽度異常

振動覚 常温時正常・冷却負荷時重度異常

③ 運動機能検査

握力 左三ないし五キログラム右八ないし一ニキログラム

つまみ力 軽度異常

タッピング 中等度異常

(3) 原告悦は、昭和五五年五月(当時五九歳)、振動障害により労災認定を受けた(症状固定時の後遺障害等級は準用一四級)(右のうち、同人が振動障害により労災認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、その後も、レイノー現象の出現を含め全身的な症状を訴え、通院して治療を受けており、被告退職後は就労していない。

なお、同人には、既往症として、前記心臓発作があり、その際には胸の締め付けられるような痛みのために通院治療を受けたほか、高血圧症、頚椎変形性脊椎症、神経痛等がある。

2  被告が原告悦に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づき賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に原告悦の症状と検査所見からすると、同人が主張する障害(ただし、運動器障害を除く。)が認められ、その中に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害及び末梢神経障害の存在を認め得る。

しかしながら、同人の右障害(ただし、末梢神経障害を除く。)、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとは、未だこれを認めるに至らないし、特に同運動器障害については、未だその客観的存在を認めるに至らない。

すなわち、原告悦の右障害全部、特に本件三障害が存在し、同障害全部が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲第二一号証、第五七号証、第六一号証、証人飾森望の証言、原告悦の本人尋問の結果があるが、同甲第二一号証、第六一号証の各記載内容、同原告悦本人の供述内容はにわかに信用することができないし、同甲第五七号証の記載内容、証人飾森望の供述内容によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2) かえって、前記認定にかかる原告悦の職歴関係及び前記認定の被告神戸造船所における工法改革の動向からすると、原告悦が被告神戸造船所で撓鉄工として就労した期間中、昭和三一年ころから専らガスバーナー等を使用しており、チッピングハンマー等の振動工具を使用したのはわずかであったことが認められ、右認定事実に照らすと、同人が昭和三一年ころ以降に受けた振動被曝が大きなものであったとは認め難いといわざるを得ない。

さらに、原告悦の末梢循環障害はレイノー現象を含むものであるところ、飾森医師作成の昭和六〇年一〇月九日付原告悦に対する診断書(前掲甲第五七号証)は、原告悦の左右第一指にレイノー現象が出現した旨記載されている。

しかしながら、証人斉藤幾久次郎、同那須吉郎の各証言及び弁論の全趣旨によれば、振動曝露によるレイノー現象が第一指に出現することは非常に稀であること、岡田晃・那須吉郎・井上尚英共著振動障害―最近の動向―日本労働総合研究所昭和六三年九月二〇日発行(乙第八四号証)七三頁によれば、同レイノー現象の発現指は、第二ないし四指が多く第五指にも及ぶが第一指まで及ぶ例はまずないといえることが、それぞれ認められ、右認定各事実に照らしても、原告悦の右末梢循環障害の原因が本件振動曝露にあることは、未だこれを認めるに至らない。

次に、同人の本件運動器障害について検討するに、前記認定のとおり同人自身は手腕の関節痛を訴えているものの、他覚的には肩関節の可動域制限しか認められず、同人の同主訴を客観的に裏付ける証拠はない。加えて、前掲診断書(甲第五七号証)自体によれば、同人の肘・手関節には変形がなく、肘関節に可動域制限がないことが認められ、これらの認定に照らしても、同人に本件運動器障害の存在を客観的に肯認することはできない。

(3) 右認定説示から、結局、本件三障害中本件振動曝露との間に事実的因果関係が認められるのは、同三障害中右末梢神経障害ということになる。

なお、原告悦が昭和五五年五月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、同人が右労災認定を受けたことが事実的因果関係の存在に関する右説示に対し重大な消長を及ぼすものでないことは、亡山下、原告尹の場合と同じである。

(二) 相当因果関係

原告悦に本件三障害中末梢神経障害に本件事実的因果関係の存在を認め得ることは、前記認定のとおりである。

しかして、同人に同末梢神経障害による本件損害の存在が肯認されるためには、同末梢神経障害が著明に認められる必要があることは、前記振動障害の認定基準において説示したとおりであるところ、同人の同末梢神経障害が同説示の著明性を有することについては、未だこれを認めるに至らない。

かえって、前掲診断書(甲第五七号証)によれば、末梢神経機能検査の結果判定は境界であること、尺骨神経伝導速度は左右ともに正常範囲内にあることが認められ、右認定各事実に照らしても、同人の同末梢神経障害が右説示の著明さを具備しているものとは、未だ認め得ない。

よって、同人の右末梢神経障害については、未だ右相当因果関係の存在を肯認することができない。

4(一)  原告悦の本訴右請求は、右説示のとおり因果関係の存在の点で既に理由がないから、同人のその余の主張につきその当否を判断するまでもなく、全て理由がないことに帰する。

(二)  原告悦も、本訴において、被告の本件安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求のほか被告の不法行為に基づく損害賠償請求をしているが、同請求は、亡山下、原告尹について説示したところと同一理由で、これを認容できない。

五  亡平本良國

1  甲第二二号証、第五九号証、乙第四〇号証の一、二、第七二号証の一ないし五、第八一号証の一、第八三号証、第八七号証、第一〇三号証の一ないし八、証人飾森望、同那須吉郎、同奥谷一馬の各証言、承継前原告亡平本の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正二年一月一八日生)

昭和八年 旧陸軍岡山工兵第一〇連隊第三中隊入営

昭和一〇年一〇月 除隊、農業

昭和一二年 右同独立工兵第九連隊入営(中国)

昭和一三年 旧海軍佐世保海軍軍属砕石採石場現場班

昭和一六年 旧陸軍満州第三〇二部隊軍属

昭和二〇年九月 右同関東軍作井隊

同年一二月 復員

昭和二一年四月 自宅で農業及び石材採取販売業

昭和二七年 県道・砂防工事

昭和三七年九月―同三八年一月関が原石材株式会社に入社して現場職長

昭和三八年三月 自宅で農業及び石材採取販売業

昭和四一年一一月 作業中負傷(腰痛)のため休業

昭和四二年六月 被告の下請である共栄工業に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労

昭和五三年九月 退職(ただし、昭和五二年一一月以降休職)

平成二年五月二四日 死亡

(以上の事実は全て当事者間に争いがない。)

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 亡平本は、昭和三八年三月から前記石材採取販売業を営んでいた期間中、三か月間くらい一日約四時間程度チッピングハンマーを使用して砕石作業を行った。

(2) 同人は、被告神戸造船所における約一〇年間の就労期間中、鋳鋼及び鋳鉄製品のハツリと砂落とし作業に従事し、チッピングハンマーを使用した。

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四九年ころから、両手指ほぼ全指にレイノー現象が出現し、同現象が現れる前には手掌全体がチアノーゼ様に変化することがあったほか、昭和五二年一〇月ころから、両手の冷感と手指のしびれを強く感じ、手腕等身体各部の関節痛、項部痛、肩こり等を感ずるようになった(なお、乙第四一号証によると、同人は、昭和五二年三月に行われた定期健康診断に際して自覚症状は何もない旨の申告をしていたことが認められるが、そのような申告経緯については、社外工として勤務していた同人が自己の雇用確保のことを重視して必ずしも当時の実際の症状を記載しなかったとも考え得るから、同記載内容は右認定を覆えすには至らないというべきである。)。

(2) 飾森望医師は、昭和五二年一一月一六日以降、亡平本の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

左肘関節の可動域制限。

(ロ) 検査所見

頚椎変形あり、第六、七頚椎椎体間隙軽度狭小。左肘関節変形。著しい肺機能障害。合併症として慢性肝炎。動脈硬化症。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時軽度異常・冷却負荷時中等度異常

爪圧迫 常温時及び冷却負荷時ともに軽度異常

指尖容積脈波 境界

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時及び冷却負荷時ともに軽度異常

振動覚 常温時及び冷却負荷時ともに中等度異常

③ 運動機能検査

握力 重度異常

つまみ力 軽度異常

タッピング 中等度異常

(3) 亡平本は、昭和五三年二月(当時六五歳)、振動障害により労災認定を受けた(症状固定時の後遺障害等級は準用一二級)(右のうち、同人が振動障害により労災認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、前記退職後、全身的な症状は緩和したものの、昭和六二年ころまで前記レイノー現象が出現していた。

また、同人は、昭和四九年三月ころから高血圧の指摘を受け、同年八月にはうっ血性心不全、狭心症と診断され、昭和五二年八月厚生年金保険において障害等級三級の認定を受けたほか、昭和五七年以降、神戸大学医学部付属病院や三菱神戸病院で通院治療を受けたが、その際には、頚椎変形性脊椎症、脳循環不全等との診断を受けた。

なお、神戸大学医学部付属病院では、同人の左肘関節の可動域につき、伸展三五度、屈曲一三〇度と判定されている。

(5) 同人には、昭和六二年一二月一八日現在一日平均一〇本の喫煙をする習慣があった。

2  被告が社外工である亡平本に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づく賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に亡平本の症状と検査結果からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

しかしながら、同人の右障害(ただし、末梢神経障害及び運動器障害を除く。)、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとは、未だこれを認めるに至らない。

すなわち、亡平本の右障害全部、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲第二二号証、同甲第五九号証、証人飾森望の証言、亡平本本人(ただし、承継前)尋問の結果があるが、同甲第二二号証の記載内容、承継前原告亡平本の本人尋問の結果は、にわかに信用することができないし、同甲第五九号証の記載内容、証人飾森望の供述内容によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2) 確かに、亡平本の主張する末梢循環障害が、レイノー現象を伴なっていたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、医師飾森望作成昭和六〇年一〇月一四日付亡平本に対する診断書(甲五九号証)には、亡平本の右レイノー現象が同人の左右全指に発現した旨記載されているところ、振動曝露によるレイノー現象発現指については原告悦に関する前記認定説示のとおりであって、同診断書による亡平本の右レイノー現象発現指に関する記載は、右認定説示に反する。

さらに、右診断書には、両手掌全体のチアノーゼ様変化が手指の蒼白化より早く出現する旨の記載があるところ、証人那須吉郎の証言によれば、同診断書に記載された同現象は振動障害の場合先ずあり得ないことが認められ、しかも、同診断書を作成した飾森医師自身、亡平本の同現象は一般の振動曝露によるレイノー現象として稀な場合である旨証言している。

よって、右診断書(甲第五九号証)の右記載内容、右証人飾森望の証言では、未だ前記説示の証明があったということはできない。

(3) 右認定説示から、結局、本件三障害中本件振動被曝との間に事実的因果関係が認め得るのは、同三障害中末梢神経障害及び運動器障害ということになる。

なお、亡平本も、昭和五三年二月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、同人の右労災認定と事実的因果関係の認定との関係については、前記原告らの場合と同じである。

(二) 相当因果関係

(1) 亡平本に本件三障害中末梢神経障害及び運動器障害と本件振動曝露との間に事実的因果関係を認め得ることは、右認定のとおりである。

しかしながら、同人に末梢神経障害による本件損害の存在が肯認されるためには、同末梢神経障害が著明に認められる必要があり、このことは、前記原告悦の場合に説示したところである。

しかしながら、亡平本の右末梢神経障害が右説示にかかる著明性を有することについては、未だこれを認めるに至らない。

かえって、同人の末梢神経障害については、前掲診断書(甲第五九号証)によれば、尺骨神経伝導速度につき、左右とも正常であるとされていることが認められ、同認定事実に照らしても、同人の右末梢神経障害は著明なものであったとは必ずしも認め難い。

よって、同人の右末梢神経障害と本件振動曝露との間に、未だ本件相当因果関係の存在を認めるに至らない。

(2) 前記認定各事実を総合すると、同人の右運動器障害については、著明なものと認められるから、同運動器障害と本件振動曝露との間に本件相当因果関係を肯認すべきである。

右認定説示に反する被告の主張は、当裁判所の採るところでない。

4  損害

慰謝料

前記認定にかかる亡平本の本件運動器障害に関する症状の程度からすると、同人の本件振動障害は、本件症度分類の軽度に該当すると認めるのが相当である。

そして、右認定事実及び前記認定にかかる亡平本の本件治療経過、同人が被告神戸造船所で就労した当時の年齢、振動被曝期間、右就労以前の振動工具使用状況、同人の喫煙の事実及びその期間その他本件証拠に現れた一切の諸事情を総合すると、本件振動障害によって同人の受けた精神的苦痛を慰謝するための金額は、金二二〇万円と認めるのが相当である。

六  原告岡照夫

1  甲第二三号証、第五五号証、第七一号証、乙第五二、第五三号証、第七三号証の一、二、第七八、第七九号証、第八一号証の一、第八三号証、第八七号証、検乙第二号証の一、二、証人飾森望、同那須吉郎、同森田健太、同坂上都生の各証言、原告岡の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(昭和一七年一月三一日生)

昭和三二年三月 映画技師として勤務

昭和四五年五月 山久株式会社に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労

昭和五一年三月 山久社員として東綿サイロで勤務

(その後休職)

(以上の事実は、原告岡が映画技師として勤務していたことを除いて当事者間に争いがない。)。

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 原告岡は、被告神戸造船所における就労期間中、鋳造品(主としてピストンクラウン)のハツリ作業等に従事し、チッピングハンマー、スケーリングハンマー、アングルグラインダー等の振動工具を使用した(右事実のうち、同人が鋳造品のハツリ作業に従事したことは当事者間に争いがない。)。

(2) なお、同人は、昭和四八、九年ころ、山久の上司に対し、配置転換を求めたことがあったが、これは、右作業の際に鉄粉や砂ぼこりが眼に入ったことに伴う痛みによるものであった。

(3) 同人は、東綿サイロで就労した期間中にも、一時期、グラインダー等の振動工具を使用したことがあった。

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四八年一月ころから、手足の冷感、手指のしびれ、右手首のほか身体各部の関節痛、肩こり等を感じ、左手第四指にレイノー現象が出現し、さらに、同現象は両手の第一指を除いた手指と手掌、足にまで頻繁に現れるようになったが、その後は、次第に改善されて来ている。

(2) 同人は、昭和五一年二月ころ、三菱神戸病院においてレイノー様症候群と診断され、前記のとおり振動工具を使用しない職場として東綿サイロに配置転換を受けたが、昭和五二年一月、二月の間は、冷えると息苦しくなるとして休職し、また、昭和五二年一一月以降休職し、その後、山久の職場復帰指導等があったものの、昭和五四年八月と昭和五六年四月にごくわずかな期間だけ就労したにとどまった。

(3) 同人は、その間、関西労災病院において右手首につきキーンベック氏病と診断され、昭和五二年一〇月、労災認定を受け、その後、振動障害にも罹患しているとの診断を受け、症状固定とされた平成元年一二月には、後遺障害として、併合一二級に該当すると認定された(右のうち、同人が振動障害により労災認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) そして、飾森望医師は、昭和五二年一〇月四日以降、原告岡の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のように主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

手指の振せん。右手関節の運動制限。

(ロ) 検査所見

頚椎変形あり、右第三頚椎椎間孔軽度変形。右手骨の月状骨一部壊死。心電図異常。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時正常―軽度異常・冷却負荷時中等度異常

爪圧迫 常温時正常・冷却負荷時軽度異常

指尖容積脈波 境界―異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時軽度異常・冷却負荷時中等度異常

振動覚 常温重度異常・冷却負荷時中等度異常

③ 運動機能検査

握力 軽度異常

つまみ力 右同

タッピング 右同

(5) 原告岡は、現在でも、右手の痛みを含め、全身的な症状を訴え、通院して治療を受けており、休職中である。

なお、同人には、既往症として、肺結核、心筋症がある。

(6) 同人は、昭和六三年六月一四日現在、一日二〇本近い喫煙の習慣がある。

2  被告が社外工である原告岡に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に原告岡の症状と検査結果からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

しかしながら、同人の右障害(ただし、末梢神経障害及び運動器障害を除く。)、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとは、未だこれを認めるに至らない。

すなわち、原告岡の右障害全部、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲第二三号証、第五五号証、証人飾森望の証言、原告岡の本人尋問の結果があるが、同甲第二三号証の記載内容、同原告岡本人の供述内容はにわかに信用することができず、同甲第五五号証の記載内容、証人飾森望の供述内容によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2) 確かに、原告岡の主張する末梢循環障害がレイノー現象を伴なっていたことは前記認定のとおりである。

しかしながら、原告岡は、右レイノー現象が同人の第一指以外の両手指から手掌の中間、更には両足首の下までにひろがった旨供述する(甲第二三号証)ところ、医師飾森望作成昭和六〇年一〇月九日付原告岡に対する診断書(甲第五五号証)には、右レイノー現象の発現場所として第一指を除く左右指に出現したとのみ記載されているに過ぎない。

特に、証人斉藤幾久次郎の証言によれば、レイノー現象が手掌、手背、手甲に発現することは殆どないこと、手持ち振動工具の使用により同使用者の足にレイノー現象が発現することはあまり考えられないことが認められる。

右認定に照らしても、原告岡の右供述関係は、にわかに信用することができない。

証人飾森望の供述内容も、レイノー現象の発現の特徴、同現象が発現してから消失するまでの時間等について明確でなく、同供述内容自体から直ちに前記説示にそう証明があったとすることはできない。

前掲診断書(甲第五五号証)の記載内容も、同診断書が右証人飾森望の作成にかかるものであることは前記認定のとおりであるところ、同診断書の右記載内容を補充明確にすべき同証人の供述内容が右認定のとおりである以上、同診断書の記載内容をもってしても、右説示の証明があったということはできない。

(3) 右認定説示から結局、本件三障害中本件振動曝露との間に事実的因果関係が認め得るのは、同三障害中右末梢神経障害及び運動器障害ということになる。

なお、原告岡が平成元年一二月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、同人が右労災認定を受けたことが事実的因果関係の存在に関する右説示に対し重大な消長を及ぼすものでないことは、前記関係原告らと同じである。

(4) ところで、被告は、原告岡の運動器障害に関し、同人の右手骨の月状骨一部壊死(キーンベック氏病)について、同病の原因は不明であり、同病と本件振動曝露との間に因果関係の存在は認められないと主張し、斉藤幾久次郎・井上尚英・那須吉郎作成の意見書(乙第八三号証)の記載内容及び証人那須吉郎の供述内容中にもこれにそう部分がある。

しかしながら、南條文昭著手診療マニュアル医歯薬出版株式会社・平成三年(一九九一年)一〇月一五日発行(ただし、第一版第二刷)(甲第七四号証)二五七頁、四宮文男著職業性振動障害の臨床―骨関節障害と「老化」論について医事評論No.七〇・一九八二・三(甲第八八号証)三七頁によれば、キーンベック氏病は、慢性の外力によって発生するものと解されていること、また、前掲振動障害―最近の傾向―(乙第八四号証)一四頁によれば、振動障害によって月状骨の壊死の起こる例の報告がされていることがそれぞれ認められ、同認定事実と原告岡の本件運動器障害に関する前記認定事実関係を総合すると、同人の同運動器障害の事実的因果関係については、前記のとおり認定説示でき、右意見書の記載内容及び証人那須吉郎の右供述は未だ右認定説示を左右するに至らない。

よって、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

(二) 相当因果関係

(1) 原告岡につき、本件三障害中末梢神経障害及び運動器障害と本件振動曝露との間に事実的因果関係を認め得ることは、右認定のとおりである。

ところで、同人に右末梢神経障害による本件損害の存在が肯認されるためには、同末梢神経障害が著明に認められる必要があり、このことは、前記関係原告らに関する説示と同じである。

しかしながら、原告岡の右末梢神経障害が右説示にかかる著明性を有することについては、未だこれを認めるに至らない。

かえって、前掲診断書(甲第五五号証)によれば、尺骨神経伝導速度につき左右とも正常であることが認められ、同認定事実に照らしても、未だ同人の右末梢神経障害は著明なものであったとは認め得ない。

よって、同人の右末梢神経障害と本件振動曝露との間に未だ本件相当因果関係の存在を認めるに至らない。

(2) 前記認定各事実を総合すると、同人の右運動器障害については、著明なものと認められるから、同運動器障害と本件振動曝露との間に相当因果関係の存在を肯認すべきである。

右認定に反する被告の主張は、当裁判所の採るところでない。

4  損害

慰謝料

前記認定にかかる原告岡の本件運動器障害に関する症状の程度からすると、同人の本件振動障害は、本件症度分類の中等度に該当すると認めるのが相当である。

そして、右認定事実及び前記認定にかかる治療経過、振動被曝期間、同人の年齢、喫煙の事実その他本件証拠に現れた一切の諸事情を総合すると、本件振動障害によって同人の受けた精神的苦痛を慰謝するための金額は、金二二〇万円と認めるのが相当である。

なお、被告は、原告岡につき、同人は振動障害との診断を受けた後も、釣りをしたり、単車に乗ったりして寒冷に身体を曝している旨主張するが、本件証拠上、右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、原告岡の本人尋問の結果によれば、同人は、右診断後は単車通勤を控えており、釣りに出掛けるというのも温暖な時期だけに限っていることが認められ、同認定事実に照らすと、被告の右主張は採用できない。

七  原告斉木福右エ門

1  甲第二四号証、第五六号証、乙第三二号証、第八一号証の一、第八三号証、第八七号証、第一一二ないし第一一四号証、証人飾森望、同那須吉郎、同内藤登の各証言、原告斉木の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(明治四四年二月一日生)

昭和七年一月 旧陸軍歩兵第七〇連隊

昭和八年一一月 除隊、自転車屋開業

昭和一二年四月 三菱電機(神戸)入社

昭和一四年四月 応召、旧陸軍軍曹

昭和一六年一二月 復員、三菱電機(神戸)教育課勤務

昭和二二年一月 土工として工事現場回り

昭和三〇年六月 被告の下請である松尾鉄工に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労

昭和三〇年一二月 松尾造船鉄工(被告社外工)

昭和三三年六月―同三九年九月光合同(被告社外工)

昭和四〇年一月―同年八月 神和工業(被告社外工)

昭和四〇年一〇月 大高工業所(被告社外工)

昭和四一年一月―同五一年七月三神合同(被告社外工)

(以上の事実は、原告斉木の自転車屋開業を除いて当事者間に争いがない。)。

(二) 作業歴と振動工具使用状況

原告斉木は、被告神戸造船所における就労期間中、船殻課に所属し、撓鉄工として、船材の曲げ加工及びひずみ取り作業に従事し、チッピングハンマー、ピーニングハンマー等の振動工具を使用したが、昭和四〇年ころ以降、右作業につきガスバーナーを使用することが多くなったため、振動工具の使用は減少した。

(右の事実のうち、同人が撓鉄工として就労したことは当事者間に争いがない。

なお、原告らは、原告斉木につき、右就労期間中、チッピングハンマーをかなり使用していた旨主張し、甲第二四号証及び同人の尋問結果の中にはこれにそう部分があるが、これらは、乙第一一二ないし第一一四号証、前記証人内藤登の証言及び前記認定の被告神戸造船所における工法改革の動向に照らすと、採用できない。)。

(三) 症状と治療経過等

(1) 原告斉木は、自覚症状として、昭和三四年ころから、手のしびれと痛みを感じ、この症状は全身に広がるようになった。同人は、その後、手足の冷感を感じ、昭和五三年二月ころ以降、右手全指と左手第一、二指、両足趾や踵にレイノー現象が出現するようになり、秋冬には頻繁に現れ、そのほか、手指、肩の関節痛、肩こり等を訴えている。

(2) 飾森望医師は、昭和五三年一一月二五日以降、原告斉木の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 検査所見

頚椎変形あり、第六、七頚椎椎体間隙狭小、右第五頚椎椎間孔不整。肘関節変形あり。

(ロ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時軽度異常・冷却負荷時中等度異常

爪圧迫 右同

指尖容積脈波 異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時軽度異常(右)・冷却負荷時軽度異常

振動覚 常温時軽度異常・冷却負荷時中等度異常

尺骨神経伝導速度については、当初左手に異常があったが、その後は正常になった。

③ 運動機能検査

握力 中等度異常

つまみ力 軽度異常

タッピング 右同

(3) 原告斉木は、昭和五四年一二月(当時六八歳)、振動障害により労災認定を受けた(右事実は当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、現在でも、手指のレイノー現象が出現し、手のしびれ、肩の痛み等の症状を訴え、通院して治療を受けており、被告神戸造船所での就労を辞めたのちは就労していない。

なお、同人は、飾森望医師の初診当時から冠不全症状があり、昭和五八年一月一八日から同年二月二一日までの間は狭心症様発作のため入院して同医師の治療を受けた。

(5) 同人は、昭和六三年一〇月一八日現在、従前より量は減ったものの、なお喫煙の習慣がある。

2  被告が外工である原告斉木に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に原告斉木の症状と検査結果からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

しかしながら、同人の右障害(ただし、末梢神経障害を除く。)、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害及び運動器障害が本件振動曝露に起因するとは、未だこれを認めるに至らない。

すなわち、原告斉木の右障害全部、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害及び運動器障害が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲第二四号証、第五六号証、証人飾森望の証言、原告斉木の本人尋問の結果があるが、同甲第二四号証の記載内容、原告斉木本人の供述内容は、にわかに信用することができないし、同甲第五六号証の記載内容、証人飾森望の供述内容によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2)(イ) まず、前記認定の事実関係、特に、前記認定にかかる被告神戸造船所における工法改革の動向からすると、原告斉木が被告神戸造船所で就労した期間中、昭和四〇年以降から振動工具を使用することが減少したため、それ以降の振動被曝は大きなものであったとは認め難い。

(ロ) 確かに、原告斉木の主張する末梢循環障害がレイノー現象を伴なっていたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、医師飾森望作成昭和六〇年一〇月一四日付原告斉木に対する診断書(甲第五六号証)には、原告斉木の右レイノー現象が同人の右手全指、左手第一ないし三指に発現した旨記載されているところ、振動曝露によるレイノー現象発現指については原告悦、亡平本に関する前記認定説示のとおりであって、同診断書による原告斉木の右レイノー現象発現指に関する記載は、右認定説示に反する。

証人飾森望の証言についても、同証言は、原告斉木の右レイノー現象の初発時期、同レイノー現象の現認回数、同レイノー現象発現場所の詳細等につき明確さを欠いている。

よって、右診断書の右記載内容、右証人の証言では、未だ前記説示の証明があったということはできない。

(ハ) 次に、原告斉木の運動器障害について、前掲診断書には、同人の手関節、指関節に疼痛ありと記載されている。

しかしながら、右診断書自身に、手関節にはX線検査の結果変形がない旨記載されているし、同手関節の疼痛につき、同記載以外に、これを認めるに足りる的確な客観的証拠はない。

一方、右肘関節については、同診断書中にX線検査により変形が認められる旨記載されている。

しかしながら、右変形の部位・程度については、同診断書中に記載がないし、加えて、同診断書自身に同肘関節に可動域制限がなく疼痛もない旨記載されていること、前掲意見書(乙第八三号証)及び証人那須吉郎の証言によって認められる、同肘関節に可動制限がなく疼痛もないということは加齢が最大原因であり、振動曝露による振動障害として臨床的に問題にすべきものがないこと、さらに、同変形が同加齢を超えて本件振動曝露に起因することを認め得る的確な客観的証拠がないこと等に照らすと、右肘関節の変形についても、未だ同変形が本件振動曝露に起因するものとは認めるに至らない。

(3) 右認定説示から、結局、本件三障害中本件振動曝露との間に事実的因果関係が認め得るのは、同三障害中前記末梢神経障害ということになる。

なお、原告斉木が昭和五四年一二月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、同人が右労災認定を受けたことが事実的因果関係の存在に関する右説示に対し重大な消長を及ぼすものでないことは、前記関係原告らと同じである。

(二) 相当因果関係

原告斉木につき、本件三障害中末梢神経障害と本件振動曝露との間に事実的因果関係を認め得ることは、前記認定のとおりである。

ところで、同人に右末梢神経障害による本件損害の存在が肯認されるためには、同末梢神経障害が著明に認められる必要があり、このことは、前記関係原告らに関する説示と同じである。

しかしながら、原告斉木の右末梢神経障害が右説示にかかる著明性を有することについて、未だこれを認めるに至らない。

かえって、同人の右末梢神経障害については、尺骨神経伝導速度において、当初は左手に異常がみられたものの、その後は正常になったことは前記認定のとおりであり、右認定事実に照らしても、右末梢神経障害が著明なものであったとは認め得ない。

よって、同人の右末梢神経障害については、未だ右相当因果関係の存在を肯認することができない。

4(一)  原告斉木の本訴右請求は、右説示のとおり因果関係の存在の点で理由がないから、同人のその余の主張につきその当否を判断するまでなく、全て理由がないことに帰する。

(二)  原告斉木も、本訴において、被告の本件安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求のほか被告の不法行為に基づく損害賠償請求をしているが、同請求は、亡山下ら関係原告について説示したところと同一理由で、これを認容できない。

八  原告久保重彦

1  甲第二五号証、第四八号証、第五三号証、第六八号証、第七五号証、乙第三〇号証、第六四号証、第六五号証の一、二、第七四号証の一、二、第八〇号証、第八一号証の一、第八三号証、第八五号証、第八七号証、証人内田敬止、同那須吉郎、同奥谷一馬の各証言、原告久保の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正七年一〇月二日生)

昭和八年 鹿児島県名瀬市の呉服店で丁稚奉公

昭和一三年―同二〇年 川崎重工業で船殼課取付工(その後、昭和二三年まで米の買出しなど)

昭和二三年七月―同四九年一二月被告神戸造船所(本工)

昭和五〇年一月―同五一年一〇月被告の下請である宮家興産株式会社稲美工場に出向(ハツリ工)

昭和五二年四月一日 宮家興産に入社して勤務

昭和五五年三月 同社退職

(以上の事実は、原告久保の丁稚奉公と宮家興産入社の事実を除いて当事者間に争いがない。)。

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 原告久保は、被告神戸造船所における就労期間中、鋳造課に所属し、ディーゼルエンジン、水力発電部品等の鋳造品(主としてシリンダーカバー)のハツリ作業に従事し、チッピングハンマー、スケーリングハンマー、グラインダー等の振動工具を使用した。

(2) 同人は、昭和四五年ころ、副作業長に昇格し、配下の作業の段取りや指示、連絡係等の仕事を受け持つようになったため、振動工具の使用時間は減少したが、なおその使用を継続していた。

(3) 同人は、被告を退職したのち、前記宮家興産で就労するようになったのちも、ハツリ作業に従事し、一日当たり四、五時間程度振動工具を使用した。

(以上の事実中、同人が被告神戸造船所において鋳造課に所属し、鋳造品のハツリ作業に従事したこと、昭和四五年ころから副作業長として仕事の段取り等を受け持つようになったことは当事者間に争いがない。)。

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四〇年ころから、冬期になると、右手第二、三指にレイノー現象が出現するようになり、また、手足の冷感としびれ、肘、前腕、肩、項部の痛み、肩こり等を感ずるようになった。

(2) 内田敬止医は、昭和五五年七月七日以降、原告久保の主治医として同人の診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診療所見

手指の振せん。左肘関節の可動域制限

(ロ) 検査所見

肘関節変形あり。高血圧。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

爪圧迫 常温時及び冷却負荷時ともに軽度異常

指尖容積脈波 異常

(皮膚温は、常温及び冷却時ともに正常)

② 末梢神経機能障害

痛覚 常温時軽度異常・冷却負荷時重度異常

振動覚 常温時及び冷却負荷時ともに重度異常

③ 運動機能検査

握力 中等度―重度異常

つまみ力 重度異常

タッピング 右同

(3) 原告久保は、昭和五六年二月(当時六二歳)、振動障害により労災認定を受けた(症状固定時の後遺障害等級は準用一四級)(右のうち、同人が振動障害により労災認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、現在でも、レイノー現象の出現は減少したものの、前記と同様の症状を訴えており、宮家興産退職後は就労していない。

なお、同人は、昭和四九年ころ、三菱神戸病院において、網膜動脈硬化症、高血圧症、高コレステロール症との診断を受けている。

2  被告が原告久保に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に原告久保の症状と検査所見からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

そして、右認定の事実関係、すなわち、原告久保は、被告神戸造船所における就労期間(約二六年間)を通じて、ハツリ作業に従事してチッピングハンマー等の振動工具を使用し、振動曝露を受けていたこと、手指のレイノー現象及び冷感、しびれ等の発現時期、前記検査結果等を総合すると、同人の本件三障害は、本件振動曝露に起因すると認めるのが相当である。

(2)(イ) ところで、被告は、原告久保のレイノー現象について、同人が前記宮家興産退職によって振動作業を離脱してから一〇年以上を経過したのちでも出現していると訴えていることから、同人の同現象は、振動曝露によるものではなく、動脈硬化症によるものである旨主張する。

確かに、同人には高血圧と動脈硬化の症状がみられることは前記認定のとおりであり、また、斉藤幾久次郎・井上尚英・那須吉郎作成の補充意見書(乙第八八号証)、証人斉藤幾久次郎、同那須吉郎の各証言によれば、動脈硬化症によってレイノー現象が発現する場合があることが認められる。

しかしながら、湯口真弓ほか四名著一地区の振動障害認定患者の病状変化について日本災害医学会会誌三六巻三号(一九八八年)(甲第八四号証)二二三頁以下、証人内田敬止の証言によると、振動障害罹患者が振動作業離脱後においても、しばらくの間同現象が出現する例のあることが認められるし、同認定事実及び前記認定説示にかかる同人の振動被曝の期間と程度、同現象の発現時期、検査結果等を総合すると、同人の同現象は、なお本件振動曝露に起因すると認めるのが相当である。

よって、被告の右主張は採用できない。

(ロ) また、被告は、原告久保の本件末梢神経障害に関し、同人の手のしびれについて、その原因は同人の頚部脊椎症又は椎間板ヘルニアにある旨主張し、前掲意見書(乙第八三号証)、那須吉郎作成の陳述書(乙第八七号証)の各記載内容及び証人那須吉郎の供述中にはこれにそう部分がある。

しかしながら、医師内田敬止作成昭和六〇年二月五日付原告久保に対する診断書(甲第四八号証)、原告久保の供述録取書(甲第二五号証)、同人の本人尋問の結果によれば、同人には頚椎の変形がないとされていること、同人は、被告神戸造船所で就労する以前は、手のしびれを訴えていなかったことがそれぞれ認められ、同認定事実に原告久保の本件末梢神経障害に関する前記認定事実関係を総合すると、同人の同末梢神経障害の事実的因果関係については、前記のとおり認定説示でき、同認定説示に反する右各証拠は、未だ同認定説示を左右するに至らない。

よって、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

(ハ) さらに、被告は、原告久保の運動器障害について、同障害の原因は同人の加齢にある旨主張する。

しかしながら、同人には、肘関節の変形、可動域制限と痛みが存在することは前記認定のとおりであり、その内容及び痛みの発現当時の年齢等及び同人に関する前記認定事実関係を総合すると、同人の運動器障害についての右結論は、これを維持するに十分というべきである。

よって、被告の右主張も採用できない。

(二) 相当因果関係

(1) 原告久保につき前記三障害の全てと本件振動曝露との間に事実的因果関係が肯認されることは、右説示のとおりである。

しかして、同人の右三障害中末梢神経障害及び同運動器障害については、本件振動曝露との間に相当因果関係の存在を肯認するに何らの支障がない。

(2)(イ) しかしながら、同人の右三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害については、医師内田敬止作成の原告久保に対する振動障害診断票(前掲甲第五三号証)には、原告久保に対する総合所見として高血圧、動脈硬化が認められる旨記載されていること、三菱神戸病院作成の原告久保に対する外来診療録(前掲乙第七四号証の二)によれば、同人には、昭和四九年当時、既往症としての高血圧症、高コレステロール血症が存在したことが認められ、動脈硬化によってレイノー現象が発現する場合があることは、前記認定のとおりである。

そして、右認定各事実を総合すると、同人のレイノー現象を含む末梢循環障害については、同人の動脈硬化の競合を推認せざるを得ない。

(ロ) 右認定の場合の相当因果関係の存否については、原告康の場合に関して説示したとおりである。

そこで、右説示にしたがい、前記認定の全事実関係に基づくと、同人のレイノー現象を含む末梢循環障害に関する相当因果関係は、その六〇パーセントが本件振動曝露に、その四〇パーセントが他原因である同人の動脈硬化に起因すると認めるのが相当である

4  損害

慰謝料

前記認定にかかる原告久保の本件三障害に関する症状の程度からすると、同人の本件振動障害は、本件症度分類の軽度に該当すると認めるのが相当である。

そして、右認定事実及び前記認定にかかる治療経過、振動被曝期間、同人の年齢、被告神戸造船所退職後の就労状況その他本件証拠に現れた一切の諸事情を総合すると、同人が本件振動障害によって受けた精神的苦痛を慰謝するための金額は、金三〇〇万円と認めるのが相当である。

九  原告吉野秋吉

1  甲第二六号証、第五四号証、第五八号証、第六二号証、乙第七五号証の一、二、第八一号証の一、第八三号証、第八七号証、第一〇四号証の二、三、証人飾森望、同那須吉郎、同奥谷一馬の証言、原告吉野の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認めらられる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正一四年三月二〇日生)

昭和一三年―同二五年 農業

(昭和一九年には八か月間兵役)

昭和二六年 里見海運株式会社で積荷の揚げ降ろし作業

昭和三六年 松山工業株式会社のドラム缶工場においてプレス工として勤務

昭和三八年八月 東亜外業で溶接工の見習い及びパイプの仮付け作業

昭和三八年九月―同四一年九月被告の下請である共栄工業に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労

昭和四一年一〇月―同四二年八月東亜外業で前同様の作業

昭和四二年八月―同五二年四月共栄工業に在籍して前同様に社外工として再就労

(以上の事実は全て当事者間に争いがない。)

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 原告吉野は、被告神戸造船所における就労期間中、鋳造品のハツリ作業に従事し、当初はチッピングハンマーを、昭和五〇年以降はグラインダーを使用した。

(2) 同人は、昭和四二年八月の再就労後間もなく、共栄工業の現場責任者であるボーシンとなり、被告神戸造船所内で就労する共栄工業社員の監督、仕事の段取りの決定と指示、被告本工との連絡、職人の雇入れ等の仕事にも従事するようになったため、振動工具を使用する時間は減少したものの、仕事に熱心なこともあって、その使用を継続していた。

(以上の事実中、同人がボーシンになって職人の雇入れ等の仕事に従事したことは当事者間に争いがない。)。

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四四年ころから、両手の第二ないし四指にレイノー現象が出現するようになり、昭和四七年ころ以降、手腕の冷感としびれ、右手腕を中心とする身体各部の関節痛、肩こり等を感ずるようになった(なお、乙第五四号証によれば、同人は、昭和五二年三月の定期健康診断に際して自覚症状はない旨の申告をしていたことが認められるが、この申告が右認定を覆えすに足りるものでないことは亡平本について述べたのと同様である。)。

(2) 飾森望医師は、昭和五二年五月一六日以降、原告吉野の診療に当たったが、同人のレイノー現象を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

肘関節の可動域制限。

(ロ) 検査所見

頚椎変形あり、左第二、三及び右第三、四頚椎椎間孔不整。肘関節変形あり。心電図異常。高脂血症。慢性肺機能障害。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時軽度異常

爪圧迫 右同

(以上についての冷却負荷検査は、同人の重篤な症状からみて検査に耐え得ないものとして中止、その後は未施行。)

指尖容積脈波 異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時中等度異常

振動覚 右同

(以上についての冷却負荷検査は、前記と同じ理由により未施行。)

③ 運動機能検査

握力 中等度異常

つまみ力 正常

タッピング 軽度異常

(3) 同人は、昭和五二年九月(当時五四歳)、振動障害により労災認定を受けた(右事実は当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、昭和五四年三月一日から同年四月三〇日までの間、飾森望医師の下で入院して治療を受けたことがあるが、その後の通院治療によって、レイノー現象の出現を除き、症状は少しずつ改善して来ている。

同人は、被告神戸造船所での就労を辞めたのちは就労していない。

(5) 同人は、昭和六三年九月二〇日現在、二日に一本の割合による喫煙と飲酒(回数はさほど多くはないが、その量は、多い。)の習慣がある。

2  被告が社外工である原告吉野に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に原告吉野の症状と検査所見からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

そして、右認定の事実関係、すなわち、原告吉野は被告神戸造船所における就労期間(約一二年間半)を通じて、ボーシンとなったのちも含め、ハツリ作業に従事してチッピングハンマー、グラインダーの振動工具を使用し、振動曝露を受けていたこと、同人のレイノー現象の発現時期、前記検査結果等を総合すると、同人の本件三障害は、本件振動曝露に起因すると認めるのが相当である。

(2)(イ) ところで、被告は、原告吉野のレイノー現象について、同現象が振動作業を離脱してから一〇年以上を経過した昭和六三年九月にも現れたとされていることから、同人の同現象は、振動曝露によるものではない旨主張する。

しかしながら、振動障害罹患者が振動作業離脱後相当期間経過してもレイノー現象が出現する例のあることは原告久保に関し前記認定したとおりであるし、同人に高脂血症が存することは前記認定のとおりであるが、本件全証拠によっても同人に同高脂血症以外の循環器障害の存在を窺わせる疾患は認められない。

したがって、本件事実的因果関係の存在に関する前記結論は、被告の右主張によって左右されない。

(ロ) また、被告は、原告吉野の本件末梢神経障害に関し、同人の手指のしびれについて、右肩から手に至るまでの前腕のしびれが特に強いことなどからすれば、頚椎椎間板ヘルニアによるものである旨主張し、前掲意見書(乙第八三号証)、前掲陳述書(乙第八七号証)の各記載内容、証人那須吉郎の証言中にもこれにそう部分がある。

確かに、同人に頚椎の変形があり、左第二、三頚椎及び右第三、四頚椎椎間孔不整がみられることは前記認定のとおりである。

しかしながら、同人の供述録取書(甲第二六号証)、原告吉野の本人尋問の結果によれば、同人は、被告神戸造船所で就労する以前は、手指のしびれを訴えていなかったことが認められ、右認定事実と原告吉野の本件末梢神経障害に関する前記事実関係を総合すると、同人の同末梢神経障害の事実的因果関係については、前記のとおり認定説示でき、右各証拠は、未だ右認定説示を左右するに至らない。

よって、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

(ハ) さらに、被告は、原告吉野の運動器障害について、同人の同障害の原因は加齢や被告神戸造船所就労以前の重労働によるものであり、本件振動曝露に起因するものでない旨主張する。

しかしながら、同人には、肘関節の変形、可動域制限と痛みが存在することは前記認定のとおりであり、その内容及び痛みの発現当時の年齢等及び同人に関する前記認定事実関係を総合すると、同人の運動器障害についての右結論は、これを維持するに十分というべきである。

よって、被告の右主張も、採用できない。

(二) 相当因果関係

(1) 原告吉野につき前記三障害の全てと本件振動曝露との間に事実的因果関係が肯認されることは、右説示のとおりである。

しかして、同人の右三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害及び同運動器障害については本件振動曝露との間の相当因果関係の存在を肯認するに何らの支障がない。

(2)(イ) しかしながら、同人の右三障害中末梢神経障害については、同人に頚椎の変形があり、左第二、三頚椎及び右第三、四頚椎椎間孔不整がみられることは、前記認定のとおりである。

そして、医師飾森望作成昭和六〇年一月一四日付原告吉野に対する労災意見書(甲第五八号証)によれば、飾森医師自身、原告吉野に対し頚椎症の存在を認め、同症状と同人の右末梢神経障害とは関連がある故、今後併せて治療を継続して行きたい意向を持っていたこと、前掲意見書(乙第八三号証)、証人那須吉郎の証言によれば、原告吉野は、昭和五二年五月一六日当時、同人の前記症状からみて頚椎椎間板ヘルニアに罹患していた可能性が最も高いことが認められる。

右認定各事実を総合すると、同人の右末梢神経障害については、同人の頚椎椎間板ヘルニアの競合を推認せざるを得ない。

(ロ) 右認定の場合の相当因果関係の存否については、原告康、同久保の場合に関して説示したとおりである。

そこで、右説示にしたがい、前記認定の全事実関係に基づくと、同人の右末梢神経障害に関する相当因果関係は、その五〇パーセントが本件振動曝露に、その五〇パーセントが他原因である同人の頚椎椎間板ヘルニアに起因すると認めるのが相当である。

4  損害

慰謝料

前記認定にかかる原告吉野の本件三障害に関する症状の程度からすると、同人の本件振動障害は、本件症度分類の中等度に該当すると認めるのが相当である。

そして、右認定事実及び前記認定にかかる治療経過、振動被曝期間、同人の年齢、被告神戸造船所就労以前の労働状況、喫煙と飲酒の事実その他本件証拠に現れた一切の諸事情を総合すると、本件振動障害によって同人の受けた精神的苦痛を慰謝するための金額は、金二四〇万円と認めるのが相当である。

一〇  原告石黒重範

1  甲第二七号証、第四六号証、第五二号証、第六六号証、第七五号証、乙第二八号証、第四五、第四六号証、第八一号証の一、第八三号証、第八五号証、第八七号証、証人内田敬止、同那須吉郎、同奥谷一馬の各証言、原告石黒の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正一〇年一一月二九日生)

昭和九年三月 農業

昭和一七年一月 旧陸軍歩兵佐賀西部六七部隊に入隊

セレベス島で終戦となり、その後鹿児島県大島郡徳之島で農業

昭和四〇年三月―同四六年五月被告の下請である共栄工業に在籍して被告神戸造船所において社外工として就労(その間、合計四回〔約二八か月間〕にわたって、徳之島に帰って農業)

昭和四八年一月―同五一年三月神戸溶接興業(被告社外工)

昭和五一年六月―同五三年五月共栄工業(被告社外工)

(なお、その後も、しばらくの間、神戸溶接興業に再度在籍〔被告社外工〕)

(以上の事実のうち、原告石黒の生年月日及び職歴の概略〔年月日を除く。〕については当事者間に争いがない。)。

(二) 作業歴と振動工具使用状況

原告石黒は、原告吉野と同郷であったこともあって、共栄工業に在籍して被告神戸造船所において就労するようになったが、前記期間中、共栄工業在籍時には鋳造品のハツリ作業に従事し、チッピングハンマー、グラインダーを使用し、また、神戸溶接興業在籍時には、船舶の外材の取付けとその仕上げ作業に従事し、右仕上げ作業の最終段階においてのみグラインダーを使用した。

(以上の事実のうち、同人が共栄工業在籍時に鋳造品のハツリ作業に従事したことは当事者間に争いがない。)。

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四六年ころから、右手第二ないし五指、左手第一ないし四指にレイノー現象が出現し、手指の冷感としびれ、手腕等身体各部の関節痛、項部痛、肩こり等を訴えるようになった(なお、乙第二八号証中には、右認定に反して同人の肘、前腕に疼痛なしとの記載部分があるが、同部分は、前掲各証拠に照らして採用できない。また、乙第四七号証によれば、同人は、昭和五四年二月の定期健康診断に際して自覚症状はない旨の申告をしていたことが認められるが、この申告が右事実を覆えすものでないことは亡平本について述べたのと同様である。)。

(2) 内田敬止医師は、昭和五四年一一月一二日以降、原告石黒の主治医としてその治療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

左肘関節の可動域制限。左足底部の頑固な痛み。

(ロ) 検査所見

頚椎変形あり。肘・手関節の変形あり。神経症の可能性強。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時正常―軽度異常

冷却負荷時中等度―重度異常

爪圧迫 常温時正常・冷却負荷時重度異常

指尖容積脈波 異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時軽度異常・冷却負荷時重度異常

振動覚 常温時及び冷却負荷時ともに重度異常

③ 運動機能検査

握力 重度異常

つまみ力 中等度異常

タッピング 重度異常

(3) 同人は、昭和五五年一二月(当時五九歳)、振動障害により労災認定を受けた(症状固定時の後遺障害等級は準用一四級)(右のうち、同人が振動障害により労災認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) 同人は、現在でも、レイノー現象のほか、前記と同様の症状を訴えており、被告神戸造船所での就労を辞めたのちは就労していない。

なお、同人は、既往症として、昭和五四年七月に胃潰瘍手術を受けたことがある。

2  被告が社外工である原告石黒に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に原告石黒の症状と検査結果からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

しかしながら、同人の右障害(ただし、末梢神経障害及び運動器障害を除く。)、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとは、未だこれを認めるに至らない。

すなわち、原告石黒の右障害全部、特に本件三障害中レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲第二七号証、第四六号証、第五二号証、第七五号証、証人内田敬止の証言、原告石黒の本人尋問の結果があるが、同甲第二七号証の記載内容、同原告石黒本人の供述内容はにわかに信用することができず、同甲第四六号証、第五二号証、第七五号証、証人内田敬止の供述内容によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2) 確かに、原告石黒が主張する末梢循環障害がレイノー現象を伴なっていたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、医師内田敬止作成昭和六〇年二月五日付原告石黒に対する診断書(前掲甲第四六号証)には、同人の右レイノー現象が右手全指、左手第五指を除く全指に発現した旨記載されているし、同人に対する振動障害診断票(前掲甲第五二号証)には、右レイノー現象の発現場所として右手第一指を除く全指、左手第五指を除く全指と記載されている。

しかして、振動曝露によるレイノー現象の発現場所については、原告悦、亡平本ら関係原告に関する前記認定説示のとおりであって、右各診断書(票)による原告石黒の右レイノー現象発現指に関する記載は、右認定説示に反する。

証人内田敬止自身、原告石黒の右レイノー現象の発現場所は生理的に合わない旨供述している。

右認定に照らしても、原告石黒の右レイノー現象を含む末梢循環障害が本件振動曝露に起因するものとは認めるに至らない。

(3)(イ) 右認定説示から、結局、本件三障害中本件振動曝露との間に事実的因果関係が認め得るのは、同三障害中前記末梢神経障害及び運動器障害ということになる。

(ロ) 被告は、原告石黒の本件運動器障害について、同人の同障害の原因は、同人の加齢や同人における被告神戸造船所就労以前の農作業によるものであって、本件振動曝露に起因するものでない旨主張する。

しかしながら、同人には、肘関節の変形、可動域制限と痛みが存在することは前記認定のとおりであり、その内容及び痛みの発現当時の年齢等と原告石黒の本件運動器障害に関する前記事実関係を総合すると、同人の同運動器障害の事実的因果関係については、右のとおり認定説示でき、右主張は、未だ同認定説示を左右するに至らない。

よって、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

(ハ) なお、原告石黒が昭和五五年一二月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、同人が右労災認定を受けたことが事実的因果関係の存在に関する右説示に対し重大な消長を及ぼすものでないことは、前記関係原告らと同じである。

(二) 相当因果関係

原告石黒につき本件末梢神経障害及び運動器障害と本件振動曝露との間に事実的因果関係の存在が肯認されることは、右説示のとおりである。

ところで、同人に右末梢神経障害及び運動器障害による本件損害が肯認されるためには、同各障害が著明に認められる必要があり、このことは、前記関係原告らに関する説示と同じである。

しかしながら、原告石黒の右末梢神経障害が右説示にかかる著明性を有することについては未だこれを認めるに至らない。

かえって、同人の右末梢神経障害については、前掲診断書(前掲甲第四六号証)及び弁論の全趣旨によれば、同人に対し施行された末梢神経機能検査における尺骨神経伝導速度検査では異常なしとされていることが認められ、右認定事実に照らしても、右末梢神経障害が著明なものであるとは認め得ない。

よって、同人の右末梢神経障害については、未だ右相当因果関係の存在を肯認することができない。

ただ、同人の右運動器障害については、前記認定各事実によると、著明なものと認められるから、同運動器障害と本件振動曝露との間に相当因果関係の存在は、これを肯認すべきである。

4  損害

慰謝料

前記認定にかかる原告石黒の本件運動器障害に関する症状の程度からすると、同人の本件振動障害は、本件症度分類の軽度に該当すると認めるのが相当である。

そして、右認定事実及び前記認定にかかる治療経過、振動被曝期間、同人の年齢、被告神戸造船所就労以前の労働状況その他本件証拠に現れた一切の諸事情を総合すると、本件振動障害によって同人の受けた精神的苦痛を慰謝するための金額は、金二六〇万円と認めるのが相当である。

二 亡明石正三郎

1  甲第二八号証、第四七号証、第六七号証、第七五号証、乙第二九号証、第六六号証、第六九号証の一ないし三、第七六号証の一ないし六、第八一号証の一、第八三号証、第八五号証、第八七号証、証人内田敬止、同那須吉郎、同山下義雄の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(一部当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 経歴(大正三年二月二六日生)

昭和三年 東京の看板屋に勤務

昭和六年 岡山の塗装店に勤務

昭和八年―同一八年八月 大阪の塗装店に勤務

(なお、昭和一四年から同一八年五月までの間、旧陸軍工兵隊として中支において電話線施設の任務に就く。)

昭和一八年八月 広島県宇品の船舶隊に徴用される。

昭和一九年九月―同二〇年八月鹿児島県山川町で船舶修繕施設の防空壕掘り

昭和二〇年一〇月 香川県大川郡長尾町の実家において農業

昭和二三年一〇月―同四七年四月三〇日 被告神戸造船所(本工)

昭和四八年五月―同四九年二月までと同年五月―同五四年までの間 岬興業に入社してユンボの刷毛による塗装作業

昭和六〇年九月七日 死亡

(以上の事実は、亡明石の昭和一八年以前の経歴を除いて当事者間に争いがない。)

(二) 作業歴と振動工具使用状況

(1) 昭和二三年一〇月から同三五年八月ころまでの間

亡明石は、右期間中、船渠課に所属し、船舶の塗装作業(刷毛塗り)に従事したが、修繕船の塗装の場合には、塗装の前に錆を落とす必要があるため、その際にスケーラ、ワイヤーブラシのほか、スケーリングハンマーやディスクサンダー(ワイヤーホイール)等の振動工具を使用することがあった。

なお、新造船の場合には、クロカワという錆を落とす必要があるが、昭和三〇年ころ以降、ショットブラストという工法が導入されたため、錆落とし作業は殆どなくなった。

(2) 昭和三五年八月ころから同四一年一二月ころまでの間同人は、右期間中、同課の塗料工具掛として、道具庫における道具の修理や塗料の払出し作業を行い、振動工具を使用することは殆どなかった。

(3) 昭和四二年一月ころから同四七年四月まで

同人は、右期間中、船体艤装課に所属し、新造船の塗装作業に従事したが、刷毛塗りが中心であった。

(以上の事実中、同人が(1)及び(2)の期間中に塗装工として就労したことは当事者間に争いがない。

なお、原告らは、亡明石につき、前記就労期間中の全てにわたって一貫してスケーリングハンマー、グラインダー等の振動工具を使用した旨主張し、甲第二八号証にはその旨の記載があるが、これらは、前記証人山下義雄の証言と前記認定の被告神戸造船所における工法改革の動向に照らして、採用することができない。)。

(三) 症状と治療経過等

(1) 同人は、自覚症状として、昭和四八年一〇月ころから、冬期には毎日のように左手第一、二指及び右手第一ないし三指等にレイノー現象が現れ、手の冷感としびれ等を訴えるようになり、その後、次第に肩、頚に強い痛みを感ずるようになった。

(2) その後、同人は、昭和五一年以降、明石市立市民病院で悪性リンパ腫の傷病名で診療を受けたが、その際には、左手第一ないし三指及び右第一ないし三指と第五指に難治性潰瘍が出現しており、同病院では、背部・手指難治性潰瘍と診断され、円板状エリテマトーデス(DLE)罹患の疑いが指摘されていたほか、その後、神戸労災病院及び神戸大学医学部付属病院においても、円板状エリテマトーデスに罹患しているとの診断を受けた。

(3) 内田敬止医師は、昭和五四年一二月一〇日以降、亡明石の主治医としてその診療に当たったが、同人のレイノー現象の出現を確認し、以下のような主たる異常所見を得た。

(イ) 診察所見

左肘関節の可動域制限

(ロ)検査所見

頚椎変形あり。肘関節変形あり。

(ハ) 特殊検査結果

① 末梢循環機能検査

皮膚温 常温時及び冷却負荷時ともに中等度異常

爪圧迫 常温時及び冷却負荷時ともに重度異常

指尖容積脈波 異常

② 末梢神経機能検査

痛覚 常温時及び冷却負荷時ともに重度異常

振動覚 常温時中等度異常

③ 運動機能検査

握力 重度異常

つまみ力 右同

タッピング 右同

(ニ) そして、内田敬止医師も、亡明石にみられる手指、手掌の角化と小潰瘍の存在から、円板状エリテマトーデスに罹患している旨診断していた。

(4) 同人は、昭和五五年八月(当時六六歳)、振動障害により労災認定を受けた(右事実は当事者間に争いがない。)。

(5) その後、同人は、レイノー現象の出現が減少したものの、死亡するまでの間、手腕のしびれを訴えていた。

2  被告が亡明石に対し昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うべきことは、前記原告らと同じである。

3  因果関係

(一) 事実的因果関係

(1) 前記認定にかかる事実関係、特に亡明石の症状と検査所見からすると、同人が主張する障害が認められ、その中に本件三障害全部の存在を認め得る。

しかしながら、同人の右障害の全て、特に本件三障害全部が本件振動曝露に起因するとは、未だ肯認するに至らない。

すなわち、亡明石の右障害の全部、特に本件三障害全部が本件振動曝露に起因するとの主張にそう証拠としては、前掲甲第二八号証、第四七号証、第七五号証、証人内田敬止の証言があるが、同甲第二八号証の記載内容は、にわかに信用することができないし、同甲第四七号証、第七五号証、証人内田敬止の証言によっても、同主張につき未だ事実的因果関係の証明に関する前記説示にそう証明があったということはできない。

そして、他に右主張を証明するに足りる的確な証拠はない。

(2)(イ) まず、前記認定の事実関係及び前記認定の被告神戸造船所における工法改革の動向からすると、塗装工であった亡明石が被告神戸造船所で就労した期間中に振動作業に従事することはさほどなく、その間の振動曝露は大きなものであったとは認め難いといわざるを得ない。

(ロ) 確かに、亡明石が主張する末梢循環障害がレイノー現象を伴なっていたことは、前記認定のとおりである。しかしながら、医師内田敬止作成昭和六〇年二月五日付亡明石に対する診断書(前掲甲第四七号証)には、同人の右レイノー現象の発現場所として左手第一、二指、右手第一ないし三指と記載されているところ、右記載は、右レイノー現象の発現場所に関する前記認定説示に反する。

さらに、右診断書及び明石市立市民病院の同人に対する診療録(乙第七六号証の三)によれば、同人は、昭和五〇年頃から、左手第一ないし三指、右手第四指を除く全指に潰瘍が出現していることが認められるところ、証人斉藤幾久次郎、同那須吉郎の証言によれば、右場合においてレイノー現象の出現については振動障害以外の原因を考えるべきであることが認められる。

右認定各事実に照らすと、同人の右主張は、これを肯認することができない。

さらに、同人の末梢神経障害についても、前掲診断書(甲第四七号証)及び弁論の全趣旨によれば、同人に対し施行された末梢神経機能検査における尺骨神経伝導速度検査では異常なしとされていること及びこれに加え尺骨神経障害が進行した際の特徴的現象である筋萎縮、鷲爪手、尺骨神経麻痺のいずれもなしとされていることが認められる。

また、同人の運動器障害については、同人に左肘関節の可動域制限、肘関節の変形がみられることは、前記認定のとおりである。

しかしながら、前掲診断書(甲第四七号証)によれば、同人の右肘関節には痛みがないとされていることが認められ、右認定事実に照らすと、同人の右障害は加齢の域にとどまり、それを超えて本件振動曝露により増悪したとまで認めるに至らない。

なお、亡明石が昭和五五年八月振動障害により労災認定を受けたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、同人の右労災認定と本件三障害の事実的因果関係との関係については、前記関係原告らの場合と同じである。

(二) 相当因果関係

亡明石につき右三障害と本件振動曝露との間に事実的因果関係の存在が肯認し得ないことは、右説示のとおりである。

したがって、亡明石の右三障害と本件振動曝露との間に相当因果関係の存在もまた肯認し得ない。

4(一)  原告亡明石訴訟承継人明石智恵子の本訴右請求は、右説示のとおり因果関係の存在の点で理由がないから、同人のその余の主張につきその当否を判断するまでもなく、全て理由がないことに帰する。

(二)  右原告も、本訴において、被告の本件安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求のほか被告の不法行為に基づく損害賠償請求をしているが、同請求は、亡山下ら関係原告について説示したところと同一理由で、これを認容できない。

第二 弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告康、亡平本、原告岡、同久保、同吉野、同石黒は、被告が本件安全配慮義務違反に基づく損害賠償を任意に履行しないため、弁護士である原告ら訴訟代理人らに本件訴訟の提起及び追行を委任し、その際相当額の弁護士費用を支払う旨約したことが認められるところ、同事件の内容、その訴訟追行の難易度、前記請求認容額等を総合すると、同事件と相当因果関係に立つ損害としての弁護士費用は、次のとおりと認めるのが相当である。

原告康につき 金三〇万円

亡平本につき 金二二万円

原告岡につき 金二二万円

原告久保につき 金三〇万円

原告吉野につき 金二四万円

原告石黒につき 金二六万円

第三 結論

一  以上の次第で、原告康、同久保、原告亡平本訴訟承継人平本一子、原告岡、同石黒、同吉野は、被告に対し、原告康、同久保においてそれぞれ各金三三〇万円、原告亡平本訴訟承継人平本一子、原告岡においてそれぞれ各金二四二万円、同石黒において金二八六万円、同吉野において金二六四万円及び同各金員に対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録から明らかな昭和五六年九月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の各支払を求める権利を有するというべきである。

よって、原告康、同久保、原告亡平本訴訟承継人平本一子、原告岡、同石黒、同吉野の本訴各請求は、右認定の限度でそれぞれ理由があるから、いずれもその範囲内でこれらを認容し、同原告らのその余の各請求及びその余の原告らの各請求の全てはいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立ては、これを付すことは相当でないから、同申立てを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鳥飼英助 裁判官安浪亮介 裁判官武田義德)

別表一〜六<省略>

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